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SBCTについて その3

1 :SBCT太郎:04/02/16 13:11 ID:???
1999年10月、時の陸軍参謀長が構想を発表し2003年10月にイラクへ
最初の旅団が出発。主要装備が装輪装甲車という点が注目される部隊
ですが、米陸軍や米軍全体の近代化の方向を占う道標でもあり、さらには
冷戦後の世界における戦力投入における議論ではかかせない存在です。
 このストライカー旅団について皆で語りましょう。
過去スレ
SBCT http://hobby3.2ch.net/test/read.cgi/army/1063772016/
SBCTについて その2 http://hobby3.2ch.net/test/read.cgi/army/1064799818/l50

#機甲戦術スレを捜索中です。

2 :名無し三等兵:04/02/16 13:14 ID:???
ということで現在、1996年12月提出の論文を見ています。
AAN(次の陸軍)構想の空中機械化部隊と空輸可能な装輪師団以外に
TRADOCで師団編制の改革案があったことが判明。

3 :名無し三等兵:04/02/16 13:16 ID:???
3なら昼飯はラーメン!

4 :名無し三等兵:04/02/16 13:17 ID:???
>3 ラーメンどうぞ〜

ということで折角ですので何か質問がありましたら、このスレか
前スレにてよろしくお願いします。

5 :名無し三等兵:04/02/16 14:17 ID:???
Video Clip集ドゾ

http://www.lewis.army.mil/Arrowheadlightning/video/video_clips.asp

6 :対潜臼砲 ◆VVUq8Fu.ow :04/02/16 14:32 ID:???
スレ立て乙です。
前スレが容量喰い潰すまでは、なんとか維持しないとですなぁ。(^^;
とっとと移行してしまうテもありですが。


7 :前スレよりコピペ:04/02/16 20:08 ID:???
まず基本的な紹介と検索のキーとなる言葉から。
SBCT とは stryker brigade combat team の略語です。
ストライカーとは人名で、名誉勲章を受章した二人の兵
(一人は第2次世界大戦の際の兵、一人はベトナム戦争の際の兵)を
記念して付けられています。

具体的な車両は、米海兵隊の使用するLAV-25に似ています。
つまりモワグ社のピラーニャ系列の車両です。メーカーは
h ttp://www.army-technology.com/projects/stryker/
によると、GMランドシステムズとGMカナダの合弁。

現在
歩兵輸送車両 対戦車車両 指揮車両 工兵車両 救急車両
偵察車両 迫撃砲車両 火力支援車両が完成して配備されています。
開発中なのは
NBC偵察車両 機動砲(MGS)の二つ。

#MGSは装輪戦車とはとらえないほうが良いと思います。機関銃火点や
援体壕の撲滅、家屋に突入孔を開けるなど、歩兵突撃を火力支援するための
車両です。

8 :名無し三等兵:04/02/17 01:17 ID:???
2の論文の話の続き
 どうやら第一騎兵師団と第四歩兵師団のフォース21化と絡んだ話のようです。
師団改編の話として三重孤児論文で扱われていた事項を、幾つか取り上げています。
それにしてもペントミック師団を褒めた論文は出てこないです。
MRの当時の号を探すと核戦争絡みで出て来るかもしれませんが。ディビークロケット
を扱っている兵士の写真が記事に合わせられていそうな予感がします。
また、この論文でもハウスの諸兵科連合戦闘史は取り上げられていました。

#今 最初の10Pまで訳しました。第二次世界大戦が終わり、次はペントミック師団。
訳語の統一をして、一気に張ろうかと目論んでいます。前回、三重孤児論文では
ドイツ人とドイツ軍、ロシア人とロシア軍などがぶれていました。

9 :前スレ436:04/02/17 22:30 ID:???
遅くなりましたがスレ立て乙&即死回避カキコ

…だけでもあれですので、ネット上資料紹介。

Dupuy研究所の「THE HISTORICAL COMBAT
EFFECTIVENESS OF LIGHTER-WEIGHT ARMORED FORCES」
tp://www.dupuyinstitute.org/pdf/mwa-2lightarmor.pdf

小規模の緊急軍事行動や在来型の戦闘における軽装甲車両と重装甲
車両の運用やパフォーマンスを統計的に比較し、IBCTに関する教訓
を引き出そう、という主旨の報告書です。
第二次大戦におけるユーゴスラビア対パルチザン戦闘におけるドイツ
軍装甲部隊の活用なども触れており、けっこう興味深い報告書…かな?

といってもまだ読んでないんですけどね…時間が欲しい(つД`)

10 :名無し三等兵:04/02/18 06:30 ID:???
>9 資料有難う御座います。2001年8月6日付けですね。
FM100−5を書いたほうのデピュイじゃなくて、戦史家のデピュイのほうですね。
サイトがあるとは知りませんでした。

<ユーゴのパルチザンとの戦闘
石の花を思い出します。2001年だとコソボでの航空攻撃から2年後、イタリアには
173空挺旅団がいたでしょうか。

11 :名無し三等兵:04/02/18 10:52 ID:???
ゴールドウォーター=ニコルス法(1986年)は統合参謀本部周りばかりでなく
CINCs(地域軍司令官のこと)、つまり、イラク戦争のフランクスやいまの
アビザイドなども規定していることを知りました。ちなみに今はCINCsとは
いわず、単に司令官というはずなんですが、どれだけ定着しているかは不明です。
CINCは大統領だけという話なのですが。たしか、CINCsについてはローマの属州
総督になぞらえたワシントンポストの記者が書いた本が訳されて本屋に出ていました。
クラーク大将とコソボ航空攻撃も出てきます。

戦力構築単位を旅団にするか、師団にするかはフォース21の頃に議論があった
ようです。SBCTは旅団で編制してストライカー師団は作らず、101からの担任地域
引継ぎにあたってはTFオリンピアが創設されて、その主要部隊として機能する形
となっています。

12 :名無し三等兵:04/02/19 14:49 ID:???
現在のところ、規格化小基盤師団まで訳が進みました。
M-8が登場してきたことと、装輪工兵大隊や装輪偵察大隊が軽歩兵旅団と
組み合わさっているあたりに、IBCTからSBCTへと繋がる流れを感じます。
また、戦略機動性の強調、編制を選択する際の基準としていることも
なかなか面白いです。冷戦終結後の時代だということで要求に入れているのです
けども、1980年代のAOE軽師団のときに既に戦略機動性が必要であったとも
歴史分析では述べています。さらに遡るとマクニール時代(WW2)まで遡り
、さらにはフィリピンで戦った米西戦争まで遡るのだと思います。

13 :名無し三等兵:04/02/22 01:53 ID:???
12のマクニール コブラ作戦の準備爆撃で塹壕に落ちてきた爆弾で戦死
されていたことを知りました。駆逐戦車大隊については色々と言われている
みたいですが、この論文では好意的に評価しています。

14 :名無し三等兵:04/02/22 18:28 ID:???
force structureという語が訳し難くて苦労しています。

#軽歩兵師団の戦術機動性の欠如について指摘した論文がありました。
(1998年12月16日 SAMS)
もともと、Hシリーズ歩兵師団から常時、どこでも必要な機能以外を取り払い
軍団へ移したことで戦略機動性を獲得。そのかわりに戦術機動性が低下したと
みています。
軽歩兵中隊は編制に固有の車両なし 完全に徒歩
軽歩兵大隊は編制に35両有り
大隊本部2両 対戦車小隊6両 衛生小隊6両 迫小隊8両 通信小隊1両 支援小隊12両
支援小隊の12両は弾薬などの補給用なのですが、これを人員輸送にあてたとして
1両に9名乗せて108名 1個中隊にみちません。

歩兵旅団では5tトラック10両がありますが、これも補給用。1両24名で240名
2個中隊を運べません。

歩兵師団には汎用へり大隊(UH-60装備)があり、これは2個中隊全30機
1機で20名だから、600名 1個大隊を空輸1回で運びます。
また、自動車輸送中隊が師団支援集団にあり、これも1個歩兵大隊を輸送する
こともできます。

ということで、かりに軽歩兵師団が3個旅団9個大隊編制の場合は
1個歩兵大隊はヘリで、1個歩兵大隊はトラックを師団では運べますが、旅団毎に
なると1個大隊を運べるか運べないかとなります。
 で、その後、実際に軽歩兵師団が投入された各紛争でどのように戦術機動性を
確保していたか、その場合の資産はどのようだったかを見ていくわけです。

#第7歩兵師団があった時代の話なので、今の第25歩兵師団(軽)や 第10歩兵師団
(山岳)にどの程度当てはまるかはわかりません。ハワイの25は2個旅団のみで1個は
ワシントン州にてSBCTへの改編最中。第10歩兵師団は2個旅団編制だからです。
また、韓国の第2歩兵師団は三重編制師団的編制ですし、軍団下に独立航空旅団が
居たりしますのでこれにもあてはめにくいです。

15 :前スレ436:04/02/22 19:08 ID:???
>>14
> force structureという語が訳し難くて苦労しています。

DoD Dictionaryだと "force structure ― Numbers, size, and
composition of the units that comprise US defense forces;
e.g., divisions, ships, air wings."
…という感じですから、「部隊編制」か「部隊構成」ぐらいの訳語で
良いのかも。

自衛隊はどのような訳語を当てているのでしょうか…

(´-`).。oO(実は私自身訳語には悩んでいたりしてます…)

16 :名無し三等兵:04/02/23 06:41 ID:???
グローバルセキュリティをみていたら、future forceについて随分詳しく
なっていました。10個師団司令部は残るが、それぞれ旅団は4個ずつ。旅団に師団直下
だった部隊と資産が分配されることになり、各師団は重旅団、自動車化旅団、空挺
旅団等で編制。対空大隊は解体する、なぜなら、空海軍に海兵隊の空軍力は優越
しており、敵の落とす爆弾で陸軍兵士が死ぬ事は無いから。軍団で対弾道弾のために
のこるほかは捜索、偵察部隊へ変えてしまう。
出所を知らなかったパワーポイントスライドは
the House Armed Services Committeeで陸軍参謀長が1月28日に説明した
内容だったことが判明。下院軍事委員会ですね。
h ttp://www.house.gov/hasc/ ここでrepresentativeと出て来るので。
上院だったら元老院議員ということでsenatorになるはず。

#SBCTはBCTではなく、BUA(brigade Unit of Action)として各師団下に
存続する可能性がありますが、自動車化というのは微妙です。装甲ハマーかも
しれませんし。

>15 師団編制の話ででてきたり、師団を超えた軍全体の話と解釈できる文脈で
でてきたりして戸惑ったのが訳し難い原因なのです。

17 :名無し三等兵:04/02/23 07:06 ID:???
>16 訂正 対空大隊は旅団に配属されるとしているのもあります。
任務は対巡航ミサイルだと言っていたり。SBCTは現役は5個旅団でいくようです。
州兵の1個については触れている記事は見当たりません。改編する時期に変更が
あるかなどは不明。

#地球安全網のリンクの新聞記事はそれぞれ重点が異なる点に置かれており、
細かな点では相互に矛盾するように思える内容だったりします。
#future forceの策定は昨年8月、つまりシューメーカー就任以来続けられていた
のが1月28日の委員会で構想を明らかにしたということのようです。

18 :名無し三等兵:04/02/23 13:37 ID:???
1998年5月21日のSAMS論文で軽歩兵師団の戦略汎用性について書かれたのが
あり、その中で高中烈度紛争と戦争以外の作戦での軽歩兵の運用について触れた上で
将来の師団編制構想としてあげているのが、

師団本部
軽歩兵旅団(大隊3個)
機甲旅団(機甲大隊1個 機械化大隊2個 M1戦車58両 M2/M3 116両)
空挺旅団(大隊3個)
航空旅団(AH-64 48機 UH-60 38機 OH-58D 16機 EH-60 3機)
師団砲兵(155mm自走砲24両 155mm牽引砲24門 MLRS)
師団支援集団

となっています。高中烈度紛争においては軽/重部隊で様々な任務や役割を
軽歩兵が果たせることを仮想敵演習で実証したとしています。その上で
軽歩兵と組み合わせるのにこのような編制がいいということのようです。

#他に第2歩兵旅団の運用について書かれた論文も確かこの頃にあるのですが
それでも師団内にいろいろ旅団を組み合わせる話は出ていました。
で、遡るとベトナム戦争の頃の第一騎兵師団のTRICAP師団(三重能力師団)
までは知っているのですが。
#AOEの話を読む必要を痛感しているんですが、各論文の要約が行き届いている
ために、引用だけで話を済ませられるような気になります。
#58両編制で1個大隊なのは14両編制中隊4個+大隊本部2両か18両編制中隊3個で
大隊本部4両(予備含む?)だったのかも。たぶん、予備は編制の話で含めないから
前者だと思います。

19 :名無し三等兵:04/02/24 02:36 ID:???
3rd ID reorganizes into modular force
h ttp://www.ftleavenworthlamp.com/articles/2004/01/22/perspective/perspective.txt
こちらでは、第3歩兵師団はBUA5個へ改編するとなっています。
・2004年3月に新編の旅団がNTCで演習
・各BUAは中隊数が1個、現行よりも減少

批判サイトも早速あります。ここはストライカーにも批判的なところです。
h ttp://www.geocities.com/pentomicarmyagain/

20 :対潜臼砲 ◆VVUq8Fu.ow :04/02/24 16:24 ID:???
米軍戦車大隊は、M60までは小隊が5輌。中隊本部2輌+3個小隊=17輌で中隊、
大隊は本部に3輌+3個中隊で54輌。
M1の時代になって4輌小隊、14輌中隊となり、大隊で4個中隊+本部2輌で58輌編制と
なってます。
現在は中隊1個が削減され、44輌大隊。

陸自の北転事業前の甲/乙師団戦車大隊は、本部4輌+14輌中隊3〜4個で、46〜60輌。
大隊本部の戦車が多めなのは、やはり予備としての意味合いがあります。
中隊本部の2号車にも、予備車の役目があると。

>対空大隊解体
・・・・・・・・・いろんな意味で、さすが米軍(^^;
アヴェンジャーなんかは、大隊本部中隊対空小隊あたりで余生を過ごすのでせうか。


21 :名無し三等兵:04/02/25 16:52 ID:???
>20 5両編成小隊は第2次世界大戦後もずっと続いてたとは知りませんでした。
M60A2の5両編制小隊なんかは見たい気もします。これが装甲騎兵連隊だと
また違うんですよね。戦車3両+偵察車両3両だったり、シェリダン4両+偵察車両3両
だったりします。
<中隊数
 たしか、韓国の第2歩兵師団は未だに1個中隊を削減していないという話を
読んだ気もします。どうも読んだ話がきちんと整理されていないのでいざというとき
でてこないのです。
<北転事業
 今津の戦車大隊の集合写真をみると、2個中隊分しか74が写っていないので
変だとずっと思っていました。1個中隊は北海道に持っていかれてたんですね。
確か、昨年暮れあたりのパンツァーで北転事業のことを知ったのでした。
<対空大隊
 将来的にはレーザー反射鏡を吊り下げたレーダー高層飛行船と、バイスタティックレーダー
(円筒形のフェイズドアレイレーダーなど)を光ファイバーで結んで
巡航ミサイルと弾道弾を迎撃する軍団防空大隊などは残ると思います。
アヴェンジャーは、12.7mmと赤外線監視装置だけ残して軽歩兵師団の中隊本部下
に捜索小隊として付けるか、などするのではないかと。ウダイ、クサイの包囲の
際にアヴェンジャーが出動していたという話がありますが、どの階梯かの即応部隊
の車両不足を補う為にアヴェンジャーを足変わりに使っていたのかもしれません。
もっともLAR-3だったかの、ストライカーの偵察車両型についている監視装置に
似た奴の評判が良かったみたいなのでそんな使われ方はしないかもしれませんが。
<第3歩兵師団砲兵
面白いのは、DPICMの不発弾率が軟地形だと予想外に大きかったとしていることで
冷戦時代の遺物?という言い方をしているスライドがありました。かわりにHEを
多用したとしていました。MLRSなんかはどうだったんだろうと思いますが。

<イスラエル
FMFの10億ドルを巡り三軍がそれぞれ調達計画を建てて競り合っている模様。
海軍はコルベット、空軍はアパッチ、陸軍はストライカー200両で2個旅団分。
イラク戦争での運用を注目している限り市街戦には適しているという談話が
JDWの1月28日に出ていました。

22 :名無し三等兵:04/02/26 16:44 ID:???
やっと下訳が終って最初のほうを見てみると直訳調なのに気付いて
修正中。出来る限り口語調にして訳したつもりだったんですが。
 頭と最後で訳語が違うのも問題。

#2月26日ですね。

23 :名無し三等兵:04/02/28 22:10 ID:???
保守しておきます。ビンラディン拘束という報道があったのですが
欧米系では報道されていないようです。続報では否定的。

ハイチへの投入検討は24MEUと陸軍空挺部隊となっています。
SBCT2はまだ初期作戦能力を獲得していないのでしょうか。調べてみないと
分かりませんが。

24 :名無し三等兵:04/03/01 01:25 ID:???
22続き 蓋然性という言葉が思いつかなくて、最も可能性のある と
していたので修正するとかはいいのですが、あとは日本語として通りやすくしているか
かえって分かり難くしかも原文から遠ざかっているか不明な作業続行中。

25 :205:04/03/01 14:42 ID:???
煮詰まって他を読んでみました。フォース21とAANは同時期に進んでいたという
話と、空挺師団の装備車両数の話が出てきました。空挺師団と軽歩兵師団と
どちらが車両装備数が多いのかちょっと不安です。またflyerという車両で
ハマーを代替すると戦略級旅団空挺降下に要するC-17の機数を九十数機から
半分程度に減らすか、或いは第一梯団でさらに多くの部隊と装備を運べるように
なるとも言っています。

26 :名無し三等兵:04/03/04 01:26 ID:???
その後、海兵隊の偵察部隊と都市戦の話にも手を出したりしながら
なんとか手入も進めています。LAV−25のはなしが出て来るかは不明ですが。

孫子の原典を調べて、きちんとした漢文訳を拾い、アラビアのロレンスの引用
も原典を調べて一応文脈を確かめました。どちらのネット上にあったので
ありがたいことです。知恵の七柱なんてどこの図書館にあるのか分かりませんから。

27 :名無し三等兵:04/03/05 02:48 ID:???
ひょっとして1ってMETT-Tの訳やってた人?


28 :名無し三等兵:04/03/05 10:16 ID:???
>27 METT-Tですか?任務、敵、地形、時、自隊 それから最近はCがついて民生
でしょうか。見積もり事項とでも訳せばいいのかも。たぶん違うと思うけども、
それはどこのスレですか?


<ハイチ
国際治安部隊が投入されています。焦点は対立両者(大統領派民兵、政権閣僚
と反乱側)の引き離し、首都の治安回復、武装解除などになってきているようです。
各紙報道を見ていると特派員が行動できないほどまずい状況ではないようですが。
 ハイチは米陸軍が米海兵隊のLAV-25の運用を1994年に見ていた土地です。
(アリスティド復権の際の進駐)陸軍はハマーで、海兵隊はLAVだったわけですが。
今回の場合は、2月頭から騒動の発生が報じられているようですので、軍が準備する
のもおよそ1ヶ月位でしょうか。いや、それ以前から準備を整えているかもしれない
ですが、これはさすがに分からないですし。それで、投入の可能性が報じられたのが
2月末で、まず海兵隊のFAST(艦隊対テロ部隊)が自国大使館保護のために、ついで
国際治安部隊の投入の枠が、米仏加ででき、国連も承認するのを見つつ、MEUが投入。
自国民と他国在留者の保護を名目としつつ、空港と港湾を管理し、次第に任務を拡大。
という感じでしょうか。投入する戦力では陸軍空挺部隊という話も出てきたんですが
今のところ海兵隊だけみたいです。ちなみにこの間には沿岸警備隊が船舶難民を
ハイチの港まで送り返したりしています。

<スーダン
ちょっと静かですが、実はこちらも危機。

29 :名無し三等兵:04/03/06 21:45 ID:???
どうもそろそろ危険なので維持レス。
やさしく訳していると概念を把握していないことが露呈することに気付きました。

橋頭堡の狭い地積では火力と機動を十分に発揮できない
というのと、橋頭堡はせまく射撃と運動が制限されるというのでは一つ概念が
飛ばされているのでした。

30 :名無し三等兵:04/03/08 11:14 ID:???
煮詰まってしまったので他に手を出します。申し訳ない。でもいつか生煮えのまま
出すかもしれません。

アーセナルシップは戦艦の代替たりうるか? 1996年12月6日提出 SAMS 海兵隊少佐

概要
本論文は米国海軍が提案したアーセナルシップと沿岸地域で作戦する地上部隊支援能力
を精査する。水上火力支援母体として万人に選ばれてきたのは今日退役済みの戦艦アイオワ
級である。アーセナルシップは新たに縦深打撃能力を加えつつも、戦艦を代替することを
目的としている。

 本論文ではアーセナルシップの前身を歴史上に辿りアーセナルシップ計画の
創生を位置付ける。歴史はフェニキアの”ロングシップ”に始まり、様々な戦列艦を
経て、ついにはアイオワへと到る。この過程で装甲と武装の発達をも閲し、アイオワの
運用史で頂点へと到る。続いて、戦艦の論理上の後継としてのアーセナルシップ計画
をみる。要求されている能力と作戦構想に焦点をあて、戦艦とアーセナルシップの能力
を比較する。



31 :名無し三等兵:04/03/08 11:21 ID:???
本論文の結論は、戦艦とアーセナルシップとの比較は少なくとも行い難いという
ことである。両者の目的は余りにも異なるのであり、両者の間の60年にわたる歳月
により客観的評価は疑問となる。過去に戦艦がそうであったのと同様に、アーセナル
シップは将来の水上火力支援である。

32 :名無し三等兵:04/03/08 11:22 ID:???
目次
 序論
 戦艦
 アーセナルシップ
 不可避な比較

33 :名無し三等兵:04/03/08 11:46 ID:???
序論
 人間は海上でなく地上に住んでいるから、戦争当事国間の大問題は
 常に、極僅かな例外を除いて、陸軍が敵領土と国家的生命に及ぼす
 危害か、或いは、陸軍が危害を及ぼすことが艦隊により可能となる
 いう脅威により決せられてきた。 Sir Julian Corbett

かりにCorbettの言がなおも妥当であるならば、海軍艦艇は陸軍が敵領土
に対して加える危害に寄与すべきである。米国海軍が提案するアーセナル
シップは兵器運搬手段として陸軍を直接支援するものである。
 前海軍作戦部長Mike Boorda提督は以下の言を強調している、
”火力支援艦艇である。沿岸の部隊に火力支援を与えるのが全てである。”
海軍作戦部長の構想が実現するならば、アーセナルシップは空前の
海洋基盤火力を地上司令官の意のままとすることになる。この点において
アーセナルシップは革新的な艦艇であり、伝統的分類に納まらない。
明らかに、フリゲート、駆逐艦、巡洋艦や、空母ではなく、現行の
水上戦闘艦のいずれにも類似しない。

34 :名無し三等兵:04/03/08 12:05 ID:???
もっとも近い親戚の戦艦にすら似ていないが、地上部隊に火力支援を与えるという
戦艦の能力を真似るようつとめなくてはならない。本論文では、根本的な疑問である、
アーセナルシップは戦艦の代わりとなるのかに回答を試みる。

 戦艦は常に巨砲の同義語である。英国がガリポリで最初の近代的な上陸強襲を行った
とき、Albionの巨砲が沿岸要塞施設を砲撃し、以降の先駆けとなった。米国戦艦の場合
は、第二次世界大戦中のアイオワ級が頂点である。議会はドイツのビスマルクと日本の
大和への対抗としてアイオワ級6隻を承認した。就役したアイオワ級は4隻のみであった
が、米国戦艦隊は上陸中及び海岸線付近で作戦する上陸部隊にかけがえのない砲撃支援
を与えた。第二次世界大戦後、戦艦の大半は退役したが、アイオワ級は国家が必要とする
たびに復役した。朝鮮戦争とベトナム戦争で砲撃しており、また1983年に拡張中であった
海軍がその固有の能力の必要性を認識したため再び復役している。1991年に海軍はアイオ
ワ級4隻を最後となる予定で退役させた。アイオワ級は現役を解かれたが、その能力の
必要性は失われていない。

35 :名無し三等兵:04/03/08 13:24 ID:???
 砂漠の嵐が終結し、ソヴィエト連邦が自壊しつつある今、海軍は将来を見据えて
道程と歩みを見直す時間がある。

 ...From the seaは1992年での海軍の不確実な将来と急速に変化する世界状況へ
の対応であった。直近に大洋で脅威となるものがなく、海軍は沿岸へと向き直った。
...From the seaでは海洋から陸地へ戦力を投射する部隊への海軍の寄与が強調さ
れていた。上陸部隊には水上火力支援が必要だとは同方針は認めていたが、いかにし
てその支援を与えるかについて確とした海軍の対応はなかった。財政の現実により、
規模の縮小を余儀なくされ、海軍はもはや戦艦に乗り組込ませる人員もなく、戦艦を
維持することもできないと判断した。アイオワがなくなると、残る艦砲は短射程の
127mm砲と76mm砲のみである。これらは伝統的な戦闘艦であるフリゲート、巡洋艦、
駆逐艦の備砲である。短射程では、上陸部隊の作戦地域をほとんど覆うことは
できず理想から程遠い。また、水上戦闘艦艇は空母を守る為に空母戦闘群に留めおく
必要がある。よって、これらの海軍にとっては重要な理由から、艦砲射撃任務は
引き受け手がなくなった。

36 :名無し三等兵:04/03/08 13:43 ID:???
 1994年に海軍は...From the Seaの次、Forward from the Seaを打ち出した。
沿岸作戦が中心であることを再確認しているが、沿岸に焦点をあてつつも沿岸で作戦
を成功裡に遂行するのに必要な砲撃支援を欠いていることの矛盾には触れていない。
従来からの、空母基盤、地上基盤の遠征航空支援が砲撃の不足を埋めようとはしてい
るが、投入された地上部隊へ常時、近接支援を保証するに航空機が十分となることは
ない。戦艦、或いは戦艦の能力を持つ何かが沿岸戦にはなおも不可欠である。1年の
論争と議会からの激しい批判ののち、海軍はこれらの批判に応じ始めた。1995年に
アーセナルシップ構想が出され、1996年5月に海軍は運用構想とアーセナルシップの能力
に関する文書を公表した。提案されたアーセナルシップとは、ステルス設計された船体
と先進技術ミサイルを搭載した運搬母体という目覚しいものだった。上陸した部隊への
海上火力支援の明らかな不足に対する海軍の選択であるが、はたしてアーセナルシップ
はアイオワ級戦艦が後に残した空白を埋めることができるだろうか。

37 :名無し三等兵:04/03/08 14:24 ID:???
 アーセナルシップを評価するために、本論文では戦艦の歴史と事績を調べる。
戦艦の歴史は長きにわたるが、アーセナルシップの研究には欠かせない。アーセ
ナルシップをめぐる論争を理解するにはごく駆け出しの初心者さえも戦艦の歴史に
触れる必要がある。戦艦の歴史を追ったのちに、アーセナルシップの開発へと
うつる。アーセナルシップの創生、能力要求、提案されている運用構想、能力
予想は根本的問題の枠組みと比較の土台を与えてくれるだろう。結論では
得られた知見と現在の論争をまとめ、この研究が語るものとそれがなぜ知るに
値するのかという実際問題にも答える。

38 :名無し三等兵:04/03/08 14:38 ID:???
第二章 戦艦
 
 戦艦は世界中で海洋力の象徴として受け入れられるに到った。戦艦は
 かくも攻撃能力を持った船の戦略的、外交的な影響ゆえに、合州国の
 船舶中で最も議論を呼び起こし、広く論じられている。 Brayton Harris

 海洋国家は通商を守り、戦力を投射するために海洋力を行使してきた。
海洋力は国家が戦闘艦艇に投資することを必要とする。

 「戦闘艦は艦隊へと発展した。艦隊では常に重量級のチャンピオン
が必要とされた。戦闘の正面で最大の打撃を与え、最大の攻撃を引き
受ける、逞しい艦艇である。というのも、戦争では与えるのみならず
受け止める能力も必要とされるからである。」


39 :名無し三等兵:04/03/08 14:54 ID:???
 戦闘艦艇の権化が戦艦である。航海国家は戦列艦によりそうみなされ、また
見分けられた。米国への敬意と歴史上の地位は、初期のフリゲート海軍、
モニター号、メイン号、大白亜艦隊、真珠湾に並んだ戦艦群、そしてアイオワ級
戦艦という頂点へと達して、重きをなしてきた。これらの誇り高き戦士の淵源は
古代フェニキアのガレー船である。

 フェニキアはBC1100からBC800にかけて地中海東半分を制していた。経済の
繁栄をさらに伸長するために、フェニキア人は2種の異なる船を造った。
”丸船”は交易物資を輸送し、”長船”は必要時に戦闘した。この最古の戦艦は
長い衝角のついた禍々しい外観により容易に見分けられる。衝角が不可能な
場合は、乗り組んだ弓手と槍兵が敵を遠くから攻撃する。

40 :名無し三等兵:04/03/08 15:15 ID:???
 次第に”長船”はより速く、より機動性がある二層櫂船や三層櫂船に道を
譲った。BC500には、首尾線両側に3列に並んだ漕ぎ手が乗った三層櫂船が
地中海を制していた。脆くはあったが航洋性はあり、以降の2000年にわたり
海洋戦での標準となっている。

 船舶構造は着実に進展したが、海戦術は衰退した。15世紀に初歩的な大砲が
加わったが、基本戦術機動は変わらなかった。やっと、16世紀になって、海洋
への関心が大きくなったのは主要な欧州国家が帝国を拡張しようと奔走したため
である。手付かずの富の魅惑が、当時、海軍を拡張し向上させる動機となった。
ガレー船はガレオン船となり、ほどなく大砲を満載した航洋船となった。スペイン、
ポルトガル、英国、フランス、オランダは、栄光と征服と富を争った。

41 :名無し三等兵:04/03/08 15:37 ID:???
 1588年、英国はスペインの無敵艦隊を倒し、制海権をスペインから奪った。
英国の提督は、スペインのガレー船に接近して近距離で戦おうとはしなかった。
衝角や斬り込みをしようとはせず、英国は遠距離からより大口径の砲を用い、
スペインの無敵艦隊の縁を齧りとった。スペイン人は雄雄しく荒天と、彼ら
よりも航洋性のある英国のガレオンと戦ったが、無敵に思われた艦隊も破れた。
英国は対抗するもののない海洋の支配者となり、がレオンがガレー船に最新
の戦艦としてとってかわった。帝国が地球の最果てまで拡張するにつれて
英国海軍も進展を遂げていった。より多くの帆と砲と容積を持つ、より大きな
戦列艦がガレオンに取って代った。


42 :名無し三等兵:04/03/08 15:49 ID:???
 アメリカの戦艦の歴史はいみじくもアメリカと名付けられた、北米で
建造された74門戦列艦にはじまる。が、ボストン湾で失われたフランス艦
の代替として1782年にフランスに譲渡されるという不吉な先例となって
しまった。合州国はフランスの保護に依存することを自ら認めたのである。
米国の初期の指導者は、駆け出しの国家として海上で無力なことは理解
していたが、海洋保護に投資するのを正当化できるだけの収益をあげられ
ないと考えていた。

43 :名無し三等兵:04/03/08 16:05 ID:???
 フランスの厚意は、1785年〜1795年の時期まで続いた。その頃になると
英国海軍、フランス海軍、私掠船、地中海の海賊が護る術のない米国船を
餌食にするようになっていた。過度に支出する事はなかったが、米国政府は
通商に対する脅威をもはや座視することはできず、かのコンステチュ−ション
とコンステレーションを嚆矢とするささやかなフリゲート海軍が育ち始めた。

直近の脅威が消えると、海軍も消えてしまった。1812年の戦争が米国政府を
揺り起こすまで新に建造される船はなかった。英国艦隊は砲力と機動性で遥か
に上回っており、米国海軍は1813年にはじめて真の意味での戦列艦を建造する
ことで対応した。インディペンデンス級は74門を搭載した。米国海軍はやっと
のことで議会に本物の戦列艦を承認する事を認めさせたが、戦争期間に運航
させられるように建造し就役させることはできなかった。新戦艦は地中海で
任務に就き、目覚しい成果をあげたので、議会はあらたな戦艦、ノースカロ
ライナ級を承認した。ノースカロライナ級の大半は南北戦争に到るまで、そして
南北戦争中も現役だった。

44 :名無し三等兵:04/03/08 17:36 ID:???
 1812年の米英戦争と南北戦争の間、民間部門での技術の進展と歩調をあわせて
海軍でも革新があった。蒸気力、鉄の装甲、ますます剛性のあがる合金、スクリュ
ー推進はこの期間に出現し、実験された技術である。そして、南北戦争の勃発が
これらの技術を成熟させる原因となった。北部連邦も南部連合も大陸を制するで
あろう新戦艦を進水させようと奔走した。

 南部連合はヴァージニア州ポーツマスのGosport海軍工廠に沈んでいたメリマック
を回収してまず有利にたった。

45 :名無し三等兵:04/03/09 11:13 ID:???
 以前のメリマックの立派なマストと喫水線までの上部船体は取り除かれ、
あらたに甲鉄板張りの砲甲板が設けられた。形状よりも機能を重視した設計
であった。生まれ変わったメリマックはC.S.S.ヴァ−ジニアと改名されたが、
メリマックとして知られている。備砲は回転式7インチ砲2門、6.40インチ砲2門、
9インチ滑腔ダールグレン砲6門であった。申し分ない武装と装甲を備え、
メリマックと同等の船は北部連邦側になかった。

 北部連邦は南部連合の先行に追いつこうと大童となった。甲鉄艦(Ironclads)
に関する海軍委員会はNew Ironsides、Galena、Monitorの三つの設計案が
直ちに建造される事を承認した。スウェーデンの発明家John Ericssonは
彼の”水上砲台”がメリマックに優ると委員会に約束した。 モニターは同種の
船のさきがけであり、複合蒸気力、甲鉄板装甲、スクリュー推進、当時最大の砲
を搭載できる回転式砲塔、甲板下に配置されたエンジン、強制通風装置、といった
特許に相応しい装置を盛り込んだかつてない船だった。


46 :名無し三等兵:04/03/09 11:46 ID:???
 容易に現代の戦艦の祖先と認められる最初の船であるモニターは砲火の洗礼
によく持ちこたえた。戦術的には少なくとも引分け以上、作戦的、戦略的には
決定的な勝利を収めたのである。メリマックはモニターに戦場の支配をゆるし、
南部連合のベヒモスは北部連邦の木造船を二度と荒らすことはなくなった。
モニターとメリマックとの間のハンプトン・ローズの戦いは世界の関心を惹き
つけた。あらゆる海軍建造計画は甲鉄艦同士の最初の戦闘の結末にもとづいて
再評価が必要となった。1883年にモニターの直系の子孫にあたる30隻が就役中か
建造中であった。

 南北戦争が終結すると、合州国は海軍の先行きについてはお決まりの道を
お決まりの速さで辿った。700隻の艦隊は1880年には砲搭載船舶わずか48隻
へと削減された。米国海軍は、デンマーク、チリ、中国に続いて世界12位で
あった。米国が内向きとなり国内を発展させている間、海軍は衰えながら
見守るだけだった。

47 :名無し三等兵:04/03/09 13:03 ID:???
#帆船時代のアメリカが文献ではあるのですけども、アーセナルシップという
兵器を陸軍の論文の書き方で書くとどうなるのかという視点だと面白いです。
#本当はトマホークの発射任務配分を各艦に割り振る話をSSGN導入にどう対応
するかという話を持ってこようと思ったのですが、どうも発射孔のロックと油圧
の話が矛盾してしまい解決できないので挫折しました。一方では発射作業中は
全部開けとくといい、別のところでは次発までに時間がどうせかかるから問題ない
としているのです。定義、問題の設定、文献調査、分析、結論の過程を踏んでいて
文献調査のあとに実地調査を含んでいるので面白かったのですが。
#ということで、訳の途中ですが忘れないうちに書いておきます。

48 :名無し三等兵:04/03/09 17:29 ID:???
 1883年から1889年の期間に、やっと海軍は数隻の新造の予算を受取れた。
新巡洋艦テキサス、メインと数隻の小型の砲艦から海軍の再興の道のりが
始まる。

 1890年になって、議会は本当の意味での戦艦3隻の予算を拠出した。
オレゴン、インディアナ、マサチューセッツにはじまる計画により、海軍は
1910年には世界海軍中で2位の地位へと到達した。

#ここの2位の地位というのは二流国という意味かもしれないのでいろいろ
検索したのですが分からず。個々の船の細かい歴史ならすぐわかるのですが
意外にもドレッドノート前夜の時期の各国海軍の勢力が不明です。


49 :名無し三等兵:04/03/09 20:38 ID:???
>48 調べた結果 二流国が正解であることが判明。訂正します。

#タコマトリビューンのSBCTに同行取材していた記者が帰国しました。
現在、米議会で予算審議中ですが、軍事予算は巨額で近年推移していおり
規模がレーガン軍拡時代に近づいているという話が出ています。財政的制約
からもSBCTが今後どうなるかは不透明かも。それ以上にFCSなどの計画が
危ういですが。既存部隊と暫定部隊と将来部隊を平行して改革していく路線は
きびしくなるのではないかと。

50 :名無し三等兵:04/03/10 10:22 ID:???
 海軍の復興と大陸のフロンティアが全て開かれたことで、拡張志向の米国人は
新たな挑戦を求めて海外へと目を向けた。メイン号の沈没により、1898年、米国は
スペインと戦争を始めた。海軍はスペインを確実に打倒し、米国市民は海軍を
英雄とした称えた。議会はたちまち新たな海軍を、ふさわしい戦艦隊で建設する
予算を承認した。海軍は規模が拡張され、名声を得、能力も向上した。が、この
地位を海軍が享受したのはわずかな間だけだった。1906年のドレッドノートの
進水により、他の船は全て時代遅れとなってしまった。

 時代遅れか否かに関わらず、ルーズヴェルト大統領は、米国の国益と自由貿易
問題での確固とした決意を示威するために、1907年12月に大白亜艦隊に世界周航
をするよう指示した。欧州で緊張が増す中、米国は年に1,2隻ずつの戦艦という
穏やかな速度で海軍の拡張を続けることを選択した。第1次世界大戦が開始したとき、
米国海軍は、多数の戦艦を持ってはいたが、戦争への備えは不十分だった。

51 :Lans ◆EDLansNRRQ :04/03/12 01:20 ID:???
ついでに補足
南北戦争の南軍砲艦メリマックですが、鋼鉄装甲版は5cm、しかしその裏側には61cmもの木材が装甲として張られていたそうです。
よって、装甲艦とはいっても、実質は、このぶ厚い木材が装甲をその名のとおり裏から支えていたようです。
(この鋼鉄装甲、装甲とは言っても、実は2.5cmの鉄道レールを2重に組み合わせて貼り付けたものだそうです)
ちなみに、メリマックは装甲艦というより、砲郭鋼鉄艦と呼ばれる特殊な艦艇で、南北戦争期のみに活躍した艦型です。
同様の砲郭艦は南軍が17隻建造。また建造のラクな砲郭艦は北軍も河川砲艦として建造して活用したそうです。

また、モニターは20cmから11cmあたりの純粋鉄鋼装甲だったそうです。合計30隻前後が就役した模様。

では、名無し氏、続きを期待いたします。

(意外にも南北戦争にも結構興味があるLansでした(w


52 :名無し三等兵:04/03/12 10:09 ID:???
>51 お久しぶりです。こちらの手持ち情報は雑想ノートとそれから
帆船時代のアメリカのみだったりします。海軍の歴史は殆ど知らない、いや
陸軍の歴史も殆ど知らないですが、ので訳していて面白いんですが、通史と
されているのを知らないので筆者がどうして、この史実を持ち出して
こちらを端折ったのかなどが分からないところがあります。

<南北戦争
ボードゲームでもPCゲームでも大量にあるらしいことは知ってますが、
よく知らないのでした。映画のグローリーを見たきりで知識が止まっています。


53 :Lans ◆EDLansNRRQ :04/03/12 22:47 ID:???
>52
途中で割り込んでしまってすみません。
実は、なぜ割り込んだかと言うと…

話題のアーセナルシップには、実は砲郭艦の方が近い存在ではないか?と思っていたんですよ。
モニターは、その砲塔の構造上、仰角が取れずに地上砲撃などはほとんど出来ないモノです。
しかし、砲郭艦…特に河川砲郭艦は、主に地上攻撃を主任務ともいえるモノではないかと…
南部は北部と違い、鉄道が未発達であり、その輸送の多くを河川に依存していました。その為に、河川の要所を警備制圧するために各地に要塞や拠点を設置し防衛体制を築きました。
その河川輸送の大動脈がミシシッピー川であり、北軍は大規模な艦隊を整備し、ミシシッピーを北上、南部の分断を図ります。
その際に、どうしても河川を制圧する要塞と交戦する必要が出てきます。また、河川港湾の攻撃にも、対地火力が必須です。

つまり、モニターが対艦戦闘を主任務とし、敵艦艇を撃破し海岸線の封鎖を行うのに対し、北軍の河川砲郭艦は臼砲を搭載し、河川を制圧する要塞や港湾を攻撃する為の火力基盤なのです。

さあ、対地攻撃を主目的とする艦艇…ほら、アーセナルシップみたい。それに形状もなんとなく似てると思いませんか?
砲郭艦とアーセナルシップ(w

>南北戦争
戦術的には塹壕のはしりや、本格的な軍隊の鉄道機動が興味を引きますが…
実は、作戦術がものすごいんですよ。南北戦争。
拘束、迂回、分進合撃…入門としては学研M文庫の「南北戦争」がお勧めです。
(著者は米海軍兵学校の学科長で、授業用資料が基になってます)

54 :名無し三等兵:04/03/13 04:24 ID:???
>53 河川砲艦については、ずっと前南北戦争のトレーディングカードゲームの
紹介を月刊誌で読んでからずっと引っ掛かっていた名前が甦りました。
たしかボムケッチとかいう奴でした。ナウシカに似た名前の艦種がでてきたし
さらにおぼろげながら、スループとかケッチとかフリゲートとかの帆装と船体と
載せている砲門数の話などが初心者質問スレであったなぁと。

それでぐぐってみたら
h ttp://home.wnclink.com/russell/thunder.htm
ここが出てきました。独立戦争の頃にイギリス海軍が使っていたと書いてます。
南北戦争の話で船隊を組んで要塞砲撃していたと思ったんですが、古いみたいです。
以下訳してみます。

#肝心の訳は1972年のあたりの不思議な記述で迷っています。北の攻勢に応じて
艦砲射撃をするためアイオワ級復役の話が出て来るんですが、要領よく纏められて
いてうまく訳せないのです。結局、デモイン級のニューポートニュースがかわりに
ハイフォン港あたりを夜間砲撃してます。アイオワ級の復役はなかったのでした。

55 :名無し三等兵:04/03/13 04:54 ID:???
設計上からは、英国海軍において最も特殊化した戦闘艦であろう。
主要任務は他艦との交戦ではなく、敵沿岸目標を砲撃することにある。
これが艦種 the name Bomb 或いは Bomb Vesselの由来である。
本質的には、これは浮き攻城砲台である。Bombの主兵装は2門の大型艦載臼砲
であり、敵都市や要塞内部に榴弾や燃夷弾を投げ込むことができる。
控え目にいっても敵の士気を阻喪させる効果があった。一般的な
片舷斉射は、精度に重きを置かぬ零距離での連続砲撃だが、これと違って、
Bombの砲撃ではよく狙いを付け、発射速度は比較的低い。これには
静天が欠かせない。さらにBombは錨を下ろして停泊する必要がある。
Bombs自身でも、補う為に6ポンド砲や多少の旋回砲を搭載はしているが、
他の砲搭載艦がそれに加えて護衛することが多い。

初期のBomb Vesselsの帆装はケッチ、つまりマストは2本のみで、
メインマストは船尾側。この配置により臼砲を置く場所が広くなる。
が、ケッチ帆装は速度は得られるが、バランスに欠け、帆走能力は不足していた。
ケッチ帆装のBombsとして建造されたのは1750年代のINFERNAL級Bomb Vesselsの
一部が最後だった。以降のBombsはシップ帆装となる。

#英国海軍の事情なので南北戦争のボムケッチは望みはあるのかも。以下続きます。

56 :名無し三等兵:04/03/13 05:31 ID:???
砲装
The Bomb Vesselの搭載砲は10インチか13インチ臼砲2門で、榴弾 (bombs)か
焼夷弾 (carcasses)を撃つことができる。焼夷弾とは焼夷剤を詰め込んだ硬い、
或いは、中空の球のこと。榴弾はこれとは異なり、炸薬を詰めた中空の球であり、
爆発する時間を調整する導火線が付いている。適切に導火線の長さを決める必要
がある。短すぎると、過早に爆発するし、長すぎると敵が導火線の火を消せてし
まう。榴弾はかなり大きかった。13インチ榴弾の重量は200ポンドを越え、炸薬は
10ポンドあった。この怪物を1マイルほど飛ばす装薬は、13インチ臼砲で10ポンド
から15ポンドだった。 砲の反動は大きかった。 衝撃を吸収し船体の構造を保護す
る為、臼砲は特別な支持台に据えられた。 この強化をしてもなお、反動により損傷
することは稀でなかった。
 面白い事に、臼砲の装填や射撃を任されていたのは海軍の砲手ではない。砲分遣隊
として知られる、陸軍や海兵隊の熟練した砲術家に任されていた。彼らは弾道のきちん
とした知識があり、臼砲の操作に欠かせないとされる技能と規律を備えていた。船の
乗員とは完全に独立した、別部隊として彼らは任務についていた。が、船員が必要時
に支援することもあった。砲分遣隊はBomb Vesselの弾庫でもあるTenderに居住した。
戦闘中はTenderは近くに錨泊し、弾薬が追加して必要な場合はボートでtenderから
運ばれた。

57 :名無し三等兵:04/03/13 05:47 ID:???
BOMB VESSELSの命名
Bomb Vesselsの名前は大変暗示的である。船の火力を仄めかす意味が
込められている。火山にちなんだAETNA(エトナ)、伝説の火を吐く竜である
BASILISK(バジリスク)とFIREDRAKE(#チュ−トン神話登場する火吹き竜)、
ほかに、COMET(彗星)、TERROR(恐怖)、FURNACE(炉)、THUNDER(雷)、
INFERNAL(地獄の)、LIGHTNING(稲妻)、LUCIFER(魔王)、METEOR(隕石)、
BEELZEBUB(蝿の魔王)などがある。


58 :名無し三等兵:04/03/13 05:56 ID:???
乗員
船乗組員の編成は船の大きさにより様々である。例えば、1773年に
Bomb CARCASSは80名だが、RACEHORSEは90名乗り組みだった。
以下は1805年のBomb Vessel乗り組み表である。
Captain (1) Lieutenant (2) Gunner (1) Gunner’s Mate (1)
Master (1) Master’s Mate (1) Clerk (1) Ropemaker (2)
Surgeon (1) Assistant Surgeon (1) Quartermaster (1) Sailmaker (1)
Boatswain (1) Boatswain Mate (1) Purser (1) Midshipman (2)
Carpenter (1) Carpenter’s Mate (1) Armourer (1)

Marine Detachment: (did not rate a Captain of Marines or Drummer)
Subaltern (1) Sergeant (1) Corporal (1) Privates (16)

#役職の訳に自信がないのでとりあえず原文掲載 以下に訳しますけども。

59 :名無し三等兵:04/03/13 06:11 ID:???
船長 (1) 海尉 (2) 砲手 (1) 砲手助手 (1)
掌長 (1)  掌長助手 (1) 書記 (1) 綱工 (2)
外科医 (1) 外科医助手 (1) 補給長 (1) 帆工 (1)
甲板長 (1) 甲板長助手 (1) 事務長 (1) 海軍少尉候補生 (2)
大工 (1) 大工助手 (1) 兵器工 (1)

海兵分遣隊: (海兵大尉と鼓手は明記されていない)
中尉または少尉 (1) 曹 (1) 伍長 (1) 兵 (16)

#clerkとpurserの役割が不明 armourerは砲関係なのか、銃なのか、装甲なのか
不明。masterも不明。商船の船長もmasterだし、マスターアンドコマンダーも
いま掛かっているんですが、並ぶ順番からすると士官とも思えないです。

60 :名無し三等兵:04/03/13 06:25 ID:???
英国軍艦 BOMB VESSEL THUNDER(雷)
デッキ長: 96フィート7インチ 船体幅:30フィート8インチ
喫水(船倉床から上甲板までの高さ): 13フィート4インチ 385トン搭載
武装 13インチ臼砲1門 10インチ臼砲1門 6ポンド砲8門 旋回砲12門

#ということで56に誤訳発見 13インチか10インチの臼砲を全部で2門とすべきかも。
#ここも良く分からんので読み飛ばしてください

61 :名無し三等兵:04/03/13 06:36 ID:???
THUNDERは元はフランスの私掠船LE MARQUISE DE VAUDREUILだった。
が1757年に賠償として引渡された。1757年4月28日に英国海軍がスループとして
購入し、RACEHORSEと命名。1758年に火船(a fire ship)としていったん分類
されたが、後に a Bomb Vesselに改修される。1758年9月18日付けの儀装計画
では明らかにシップ帆装である。

1773年に北極探検のために再び改修される。1773年6月、RACEHORSEは
Constantine Phipps船長の指揮下で、北極にむけ出港。
Skeffington Lutwidge船長指揮下のBomb Vesselの CARCASSが同行した。
興味をひくのは、CARCASSに14歳のHorace少年が乗り組んでいた事である。
彼は後のHoratio Nelson提督である。

極氷の中のthe Bomb RACEHORSEの絵へのリンク。

62 :名無し三等兵:04/03/13 07:04 ID:???
アメリカ独立戦争での戦歴
1775年にアメリカ独立戦争の勃発後に、再びBomb Vesselに改修され
THUNDERと改名される。

SULLIVAN’S ISLANDでの行動
Sir William Howe指揮下の英軍の大部隊は北方植民地の反乱にかかりきりに
なっている間、Henry Clinton少将指揮下の別部隊は、南方植民地での王家
に対する抵抗を鎮圧することになっていた。Clinton将軍の支援のため、
Sir Peter Parker准将率いる海軍部隊はアイルランドのCorkから
カロライナへ派遣された。THUNDERはJohn Reid船長の指揮下で艦隊に
加わっていた。1776年5月にノースカロライナに到着、 同地でParker准将と
Clington将軍は攻撃計画を練り、Sullivan's islandに新たに築かれた
要塞に対して統合海陸攻勢を策定した。Parker准将の言では、
「要塞の除去は奇襲による。」 1776年6月1日、Cape Fearから出港し
6月4日にCharlestown Bar沖に到着し、攻撃の最終準備が整うまで留まる。
1776年6月28日に攻撃を開始。TUHNDERは武装船FRIENDSHIP(18門)
の援護のもと要塞から1マイル半離れて錨泊。


63 :名無し三等兵:04/03/13 07:36 ID:???
「28日朝、風は有利、空は晴れ、良い天候だが、
蒸暑い。TUHNDERは11時半に砲撃開始。他の船はその間前進した。」(艦隊付き作家)

「10時半に抜錨信号を出し、11時15分に、BRISTOL、EXPERIMENT、ACTIVEとSOLEBAY
が砦に接近。THUNDERはFRIENDSHIPの援護を受けつつ、東堡塁の凸角堡に
対して、北東〜北の方角を向いて対峙した。交戦前および交戦中に良好な指揮下
で数発を射撃」(Parker准将)

「TUHNDERは攻撃開始し、臼砲弾をおよそ1マイル半から砦に放った。
弾は砦内の柔らかな砂地や泥に着弾し、弾の導火線の火が消えたことが多々あった。
飛散する弾片を砂が受け止めてしまった。」(Moultrie大佐)

「THUNDERは明らかに砲の反動に堪えられなかった。臼砲支持台は過大な力に
堪えられず、一度損傷すると、THUNDERは戦闘不能となった。
「不運な事に、THUNDERはこれほど遠くにいたので、何の役にも立たない。
主任技術者のJames大佐はすぐさま気付いて、 各臼砲の装薬を追加したのだが
これが具合が悪かった。 結果として支持台が破壊されてしまい、その日のその後
は完全に戦闘不能だった。」(艦隊付き作家)


64 :名無し三等兵:04/03/13 08:47 ID:???
#writer with the fleetちゅうのが艦隊付き作家の原語なんですが
これは従軍記者みたいなものなのかとググッテも出てこないのです。
#Parker准将の引用台詞、訳しミスしている可能性が大きいです。
島の地図がないと良く分かりません。なんで、通常の射程外から砲撃したのか
あたりも謎。

65 :名無し三等兵:04/03/13 09:35 ID:???
攻撃は失敗だった。英国軍の損害はかなり大きかった。
「わが方の船は敵砲火に9時間さらされたのちに、大損害を被って後退を余儀なく
された」のである。艦砲射撃は、Lee将軍によると「私が見聞きした中でも最も激
しく絶え間ない砲撃」だったが、砂とpalmettoの(椰子の一種)幹でできた砦には
効果がなかった。もっとも、島内の周囲の植生と周囲の建造物の大半を平らげるこ
とはできたが。それとは逆に、米側の射撃は大いに効果があった。Parkerの旗艦
BRISTOLは「あっというまに綱の止め具を撃ち飛ばされてしまい、敵砲列端に
接して位置することになり、縦射を受けて、百名以上が死傷した。指揮していた
Morris船長は手を失った。船体の損傷は筆舌につくし難い。EXPERIMENTのScott
船長は右手を失い、船も大変な損傷を受け、BRISTOLと同じ位の死傷者がでた。」
(艦隊付き作家)
この大損害の責任の一端は歩兵が海岸に上陸するのに失敗したことにもある。
このため、海軍部隊が心底必要とした支援が受けられなかったのである。

#spring of cableはバネじゃないみたいです、画像でみると綱やワイヤーを
結ぶ固定具が出てきます。

66 :Lans ◆EDLansNRRQ :04/03/13 09:52 ID:???
>Bomb Vessel
多分、一般的に「砲艦」と訳される艦種と思われます。
また、独立戦争時の砲艦は、艦上にそのまま臼砲を載せた形態であり、
艦体自身の装甲はありません。

南北戦争時の河川砲艦は、艦体上部にメリマックと同様形状の装甲砲郭を設け、
より要塞に接近し、要塞と砲撃戦を行う場合もあったようです。
(実際に砲撃戦による戦没艦も出ています)

当時の装甲砲郭艦はメリマックvsモニター戦により、砲撃で撃沈するのは非常に困難な事が証明されており、
艦艇vs要塞の歴史において、非常に珍しい事に一時的にではありますが、
艦艇側が有利に立てた時期であると言えると思います。

しかし、南北戦争時の記述は見かけましたが、独立戦争付近の砲艦の詳細な記述は、なかなか見られないので、
今回の名無し氏の訳は、私にとって非常に興味深いものです。ありがとうございまつ(喜

(今こそ、目を向けてみたい艦種なのに、砲艦は地味なので、大抵の場合、さらっと書かれてる場合が多いもので…(悲

67 :Lans ◆EDLansNRRQ :04/03/13 10:01 ID:???
>64
当時の臼砲の射程と、要塞装備のキャノンの射程を考えるに、
砲艦側は、要塞の射程内で砲撃戦を行った可能性が極めて大きいです。

臼砲の射程は短いですから…
(でっかい迫撃砲(臼砲)と、加濃砲(キャノン)の撃合いと思えば、イメージ的に近いと思われ)
しかも、砲艦側の上部は無装甲…結果は目に見えてまつ(怖

68 :名無し三等兵:04/03/13 17:03 ID:???
>66 67 
もっと戦闘経過を見てみようということでサリバン島の戦いをググッテみました。
こうしてみると、浮き砲台というのは、臼砲を楽に移動するための手段という気が
してきます。たしか、補給戦でも大砲は川で移動させるほかない時代があったと
書かれてきた気がします。すると、ボムケッチの起源は英国海軍でなくドイツや
フランスの陸軍の可能性もあるなと。

こちらがサリバン島の戦いの話です。英軍の攻撃計画のところで砲撃している
THUNDERの雄姿が見られます。脱線ついでにこちらを訳してみようかと。
それからアイオワ級の朝鮮戦争での戦歴を扱っているであろう保存会公式サイト
などを回って、元の論文の記述を補おうと思います。
http://www.schistory.org/displays/RevWar/CarolinaDay/prelude.html

69 :名無し三等兵:04/03/13 18:12 ID:???
1776年5月31日にサウスカロライナ沿岸に20隻の英国艦船が姿を見せた。
すでに数ヶ月前から南部植民地沿岸で作戦すべく艦隊が派遣されたことは
知られていた。そしてチャールストンが英国の目標となるのは時間の問題に
過ぎなかった。フィラデルフィアの南の重要都市はチャールストンのみであり、
反乱を早期に終らせるには鍵となる都市だと一般に考えられていた。

1776年前半の6ヶ月間は防御準備の進み具合は遅々たるものだった。
艦隊が出現した時点で、Sullivan's Islandの要塞は完成に程遠かった。
サウスカロライナは必死になって大陸会議に増援を要請し、将軍が
サウスカロライナ州に防衛を支援する為送られることになった。
Charles Lee将軍指揮下の軍が派遣されたが、Lee将軍は顧問としての
役目のみとなった。

Leeは欧州の戦争を経験しており、率直な話し方をする人物だった。
港湾防御の状況をみて、サウスカロライナ大統領Rutledge (州の最高の役職)
にSullivan's Islandの要塞は保持できないと述べた。Leeに言わせると
「屠殺場」とのことだった。Rutledgeにはこの判断は受入れ難く、要塞指揮官
のWilliam Moultrieにこう書いている。「Lee将軍は貴下が要塞から撤退する
ことを望んでいる。私からの命令なくして撤退してはならない。撤退を命令する
位なら自分の手を切断するほうがましだ。」

要塞構築作業は大急ぎで行われ、6月末には海峡に面する防壁は完成した。
が、後方は攻撃に備えらる状況には程遠かった。


70 :名無し三等兵:04/03/13 19:15 ID:???
英国はLong Island(現在のIsle of Palms)に上陸部隊をあげた。企図は
Sullivan's Islandの北東端を攻撃して米軍を挟撃により粉砕することであった。
この部隊の指揮官はHenry Clintonだった。Clintonは不十分な偵察に依存していた。
偵察はBreach Inletを渡って容易に攻撃可能と報告していた。数日夜にわたり、
浅い渡渉点を探したが、攻撃経路に使えるものはなかった。William Thomson大佐
の米部隊が島外周に強固な陣地を作るのを英軍は見る他なかった。

Sullivan要塞の守備隊は425名だった。大半は第二サウスカロライナ連隊と
第四連隊からの分遣隊だった。火薬が不足していた。Lee将軍は英軍の砲に
要塞が持ちこたえられる可能性はほぼないとみて、要塞の弾薬庫の火薬を
限った。火薬はLeeが計画していた市の死守のためにとって置かれていた。
英国艦隊が帆をあげた28日朝の時点で、守備隊は26門各砲につき28発しか
弾がなかった。このためMoultrieは部下に各弾を撃つのは10分おきとし
要塞に最も近い船に集中するよう命じていた。


71 :名無し三等兵:04/03/13 19:42 ID:???
両軍の戦闘序列
●米軍
Sullivan要塞 指揮官William Moultrie
装備 砲26門
第二サウスカロライナ連隊 士官兵合計413名
第四サウスカロライナ連隊分遣隊 士官兵合計22名
士官兵総計425名

Sullivan's Island北端 指揮官William Thomson
第三サウスカロライナ (レンジャー) 士官兵計300名
ノースカロライナ大陸軍 士官兵計200名
サウスカロライナ民兵 士官兵計200名
Allston's Raccoon中隊 士官兵計50名
士官兵総計750名

●英国軍
英国海軍 指揮官Sir Peter Parker
Bristol 50門 Experiment 50門
Active 28門 Solebay 28門 Acteon 28門 Syren 28門
Sphynx 20門 Friendship 22門 Ranger 8門
Thunder 臼砲艦 St. Lawrence
砲門数合計262門

地上部隊 指揮官Sir Henry Clinton
陸軍 士官兵計2200名
王立海兵隊 士官兵計600名〜700名
士官兵総計 およそ2900名

#英軍有利?

72 :名無し三等兵:04/03/13 22:28 ID:???
英軍の作戦計画
Peter Parker提督指揮の英国艦隊は20隻で編成され、うち9隻は武装している。
艦隊の総門数は270門。 英軍は水先案内人に任務を強制していた。
水先案内人は他船が要塞の至近に錨泊できるよう、先頭の船を要塞の付近に
案内するよう命じられていた。作戦計画では別の3隻が突撃して要塞西側に回り
未成部分に砲撃することになっていた。臼砲艦は大型臼砲を搭載し、要塞に
撃ち込む予定だった。


73 :名無し三等兵:04/03/13 23:08 ID:???
1776年6月28日 Sullivan's Islandの戦い

戦闘が開始すると、潮の流れは文字通り英国に不利な向きとなった。
水先案内人は座礁を恐れて戦艦をParker提督が命じたほど要塞の付近まで
案内するのを拒んだ。これで英国の砲は発揮できた筈の効果をあげられなく
なった。要塞の未成部分に乗じるよう計画されていた突撃は、潮の流れが変わって
船は、今Sumter要塞があるあたりの海岸に座礁してしまった。

その間、Palmetto(椰子の一種)でできた要塞の不慣れな砲手らは、
彼らは歩兵として訓練を受けて居たのだが、英国艦隊に激しい砲撃を
あびせ、緑服の軍隊には珍しい勇気と規律を示していた。砲撃は
英国艦には恐るべき損害を与えていた。艦隊旗艦Bristolのクォーターデッキ
上の人員は全員が死傷した。サウスカロライナの勅任知事Lord William Campbell
は同艦で砲を操作していたが、破片により負傷し、この傷がもとで2年後に亡くなった。
Parker准将も破片で負傷し、ズボンが裂かれて、「尻が外ざらしになった。」
また別の破片で膝を負傷して介添え無しには歩けなくなってしまった。
他の船でも多数の負傷者が出た。

74 :名無し三等兵:04/03/13 23:25 ID:???
英国軍は一方では、Long Islandから小艇に乗り込んだThomasonの部隊がSullivan's
Island北端へと攻撃を仕掛けた。攻撃を武装した英国スクーナーが援護した。
部隊は零距離射撃を受けて攻撃部隊に大損害を受けて、引き返した。
この失敗により、Clintonは攻撃を中止し、それ以上は攻撃を仕掛けなかった。

島の両側での攻撃が撃退されて、英軍は28日の午後に攻撃を中止した。
が、一つ大問題があった。 座礁した3隻のうち、Acteonは乗組員が
最善をつくしたにも関わらず依然として離礁できていなかった。
船長はParker准将に船を放棄し、叛徒の手に落ちないよう破壊する
する許しを求めた。許しはおりて船長は、就役してから1年と経っていない
英国海軍でも優れた船に火を放った。米軍の回収班が放棄されたのちに、
船にゆき、船鐘、軍旗、そのほか様々な備品を火が回り危険となるまでに
集める事が出来た。半時間後、船の弾薬庫が爆発した。見物していた者は
立ち上った煙はPalmetto(椰子)の形をしていたと語っている。


75 :トルエン大尉 ◆ja0BUvrq2. :04/03/13 23:29 ID:???
>浮き砲台というのは、臼砲を楽に移動するための手段
オイラもそう思っていたんですよ。
一種の自走砲というか(w

76 :名無し三等兵:04/03/14 00:53 ID:???
>67 その後を除いて訳してみたのですが、射程問題は浅瀬が要塞の付近に
あったらしいという事以外は分からないです。何発か撃ったあと船体が損傷してしまい、
たぶん浸水などが酷くなるなどして後退したのかも。戦闘経過全体は例によって
混乱続きだったみたいですね。ただ、水先案内人が強制されたというのは、負傷者には
王党派の知事がいたみたいですから微妙な気もします。

>75 そうなると、噂に聞くフィッシャー第一海軍卿のドイツ上陸用艦隊
に話が飛びそうです。これも確かコマンドマガジンで連載されていたので
知ったのです。全部は読めなかったのですが(汗。フュ−リアスはもとは
40センチ砲を搭載した喫水の浅い高速砲撃艦だったとか。

77 :名無し三等兵:04/03/14 01:26 ID:???
History of the Battleship New Jersey (BB-62)
h ttp://www.bb62museum.org/history.html
米海軍戦闘艦辞典よりBB-62の項目
ウェブ管理人注記:同辞典は1970年の発行、よってニュージャージーの歴史も
発行辞典までのみ記載。この頁にあらたに項目を設けて1982年〜1991年も記述
したいと思っています。
引用元: DICTIONARY OF AMERICAN NAVAL FIGHTING SHIPS,
James L. Mooney, ed.,
Naval Historical Center, Department of the Navy,
Washington, DC., 1970

級 アイオワ
排水量 45000d
全長 887フィート7インチ
全幅 108フィート1インチ
喫水 28フィート11インチ
速度 33ノット+
乗組員 1921名
武装 16インチ砲9門 5インチ砲20門

78 :名無し三等兵:04/03/14 01:48 ID:???
2代目のニュージャージー (BB-62)は1942年12月7日にフィラデルフィア海軍工廠で進水。
命名者はMrs. Charles Edison、元海軍長官にしてニュージャージー州知事のEdison
の妻だった。就役は1943年5月23日で、艦長はCarl F. Holden大佐。

儀装を終え初代乗組員を西部大西洋とカリブ海で訓練。
1944年1月7日にパナマ運河通過し戦闘に向かうべくFunafuti, Ellice Islands
へ。1月22日に到着し第五艦隊に編入、3日後にマーシャル諸島を攻撃する58.2任務
部隊と合流。1月29日〜2月2日に空母がクウェゼリンとエニウエトックを攻撃する
間、敵攻撃から空母を遮蔽しつつ、エニウエトックを1月31日に上陸した部隊を支援して
砲撃。


79 :Lans ◆EDLansNRRQ :04/03/14 02:14 ID:???
>対地攻撃艦
対地攻撃用のモニターとして、英軍はWW2でも運用してますね。Erebus級とRoberts級です。
エレバス級がWW1時に2隻、ロバーツ級がWW2時に2隻が建造され、WW2でも各地の上陸作戦に参加してます。

※主兵装 38.1cm連装砲塔1基

エレバス級 Erebus、Terror
ロバーツ級 Roberts、Abecronbie

すごいなぁ、だいえいていこくかいぐんわ

対地攻撃「専門」艦としては、これが、今のところ最期の艦か?
あ。WW2時の上陸作戦用の米軍小型砲艦各種とベトナムのブラウンウォーターNAVYの河川艦隊があるか…


80 :名無し三等兵:04/03/15 00:08 ID:???
>79 世界の艦船の最近号で知った船なんですが、こういうのもあります。
h ttp://community-2.webtv.net/HUSKY5/USSCARRONADEIFS1/
h ttp://www.navsource.org/archives/10/06001.htm
1953年5月26日進水 1955年5月25日就役ですので戦後ですね。
で、ベトナム戦争中の1965年に復役していますので参戦しているみたいです。
LSMRと並んで航海している写真が上のリンクにあります。

武装は127mm38口径両用砲1門 ロケットランチャー8基 40mm砲2門
速度は15ノット
こちらがIFS(沿岸火力支援艇)の一覧です
h ttp://www.navsource.org/archives/10/06idx.htm

#ニューポートニューズのハイフォン砲撃を見ていると結構反撃があったみたい
です。何発の反撃を受けたと記録しています。そして
夜間に砲撃しては退避するのを繰り返しているようです。203mm砲を9門
積んだ船と比較してはかわいそうですけども、速度と砲力に
不満があったのかベトナム後の復役はなく、そもそもコロネ−ドを除いては改修艦ばかり
みたいですね。

#日商岩井の米国子会社らしいのに退役後売られている同型艦などがあり
ちょっと面白いです。戦艦オレゴンの話をネットで読んだのですが、あちらも
最後は岩井産業で解体されています。
#ここまで書いてwwUの上陸作戦支援用艦艇の範疇に入ると気付いたのですが
折角ですので投稿するのです。


81 :名無し三等兵:04/03/15 00:40 ID:???
>78続き
ニュージャージーの旗艦としての誉れ高き戦歴は2月4日マジュロ環礁で
第五艦隊司令官Raymond A. Spruance提督が同艦に将旗を掲げたときに始まる。
旗艦としての最初の行動は、難攻不落とされていたカロリン諸島トラックの日本
艦隊根拠地を2日間にわたって航空攻撃および水上打撃することだった。
この攻撃はクウェゼリンへ上陸と調整した上であり、 マーシャル諸島攻略に
対する日本の洋上反撃を阻止することに成功した。2月17日と18日に、
ニュージャージー率いる任務部隊日本軽巡2隻、駆逐艦4隻、補助巡洋艦3隻、
潜水母艦隻、駆潜艇2隻、武装漁船1隻、航空機輸送艦1隻、その他小型艦艇
を含まぬ補助艦艇23隻を戦果とした。ニュージャージーは漁船1隻を沈め、
他艦とともに駆逐艦AIKAZEを撃沈。また艦隊を攻撃する敵航空機を
射撃。任務部隊はマーシャル諸島に2月19日に帰還。

#1944年2月17日のトラック空襲に参加していたということですね。
日本側からの損害をちと調べてみます。trawlerが良く分かりません。
漁船にしましたが、小型艦艇を呼んでいるのかも。

82 :名無し三等兵:04/03/15 00:57 ID:???
h ttp://miizu.hp.infoseek.co.jp/torack.htm
ここが詳しかったのですが、潜水母艦ではなく水上機母艦だった模様
軽巡と駆逐艦の数はあいます。補助巡洋艦でなくて、特設巡洋艦。
そして補助艦艇ではなく、輸送船31隻が正しい模様。trawlerは不明のまま。

83 :名無し三等兵:04/03/15 01:40 ID:???
3月17日から4月10日の間、ニュージャージーは初めて
Rear Admiral Marc A. Mitscherの旗艦レキシントン(CV-16)と航海し
ミレーを航空攻撃及び水上打撃し、続いて58.2任務部隊に再び加わり、
パラオの船舶を攻撃、そしてウォレアイ島を砲撃。マジュロに帰還後、
スプルーアンス提督は旗艦をCA-35インディアナポリスに移した。

ニュージャージーの次の戦闘航海は4月13日から5月4日でマジェロから出て
マジェロに戻っている。4月22日にニューギニアのアイタぺ、タナメラ湾、
フンボルト湾への進攻に航空支援をする空母打撃群のため警戒幕。ついで
4月29日から30日にトラックの船舶と海岸施設を砲撃。ニュージャージー
戦隊は敵雷撃機2機をトラックで撃墜。5月1日、16インチ砲でポナペを砲撃し
燃料タンクを破壊し、飛行場に大損害を与え、司令部棟を破壊。

#タナメラ湾のみちと不明 一応 ”タナ メラ 湾”でヒットします。
シンガポールとオーストラリアにも似た地名有り。

84 :名無し三等兵:04/03/15 01:52 ID:???
マーシャル諸島でマリアナ諸島への進攻に備え休養したのち、
ニュージャージーは6月6日、Mitscher提督の任務部隊の警戒幕及び
砲撃群として出航。上陸開始前の航空攻撃2日目である6月12日に
敵雷撃機1機を撃墜。 続く2日間、サイパンとテニアンを砲撃し
6月15日に海兵が上陸することとなる海岸に鉄量を放り込む。


85 :名無し三等兵:04/03/15 10:23 ID:???
マリアナ諸島作戦に対する日本の反応として、機動部隊へ命令が下された。
米軍進攻部隊を攻撃し撃滅しなければならなかった。米軍潜水艦は日本艦隊を
フィリピン海へと追尾し、Spruance提督の任務部隊は対敵すべくMitscher提督と
合流。ニュージャージーは空母群の周囲に防御幕配置につき、6月19日、米日
の操縦士がフィリピン海の戦いで対決。同日及び翌日は日本海軍航空の最後を
告げた。「マリアナの七面鳥撃ち」で日本軍はおよそ400機を喪失。熟練操縦士
と航空機の損失は、潜水艦及び航空機による空母3隻の撃沈と空母2隻と戦艦1隻
の損傷と匹敵するものだった。ニュージャージー及び他の遮蔽幕艦船の対空砲火
は実質的に突破不可能である事を証した。損傷した米艦は2隻のみで、それも軽微
であった。17機の米機の戦闘喪失はあるものの圧倒的勝利であった。


86 :名無し三等兵:04/03/15 10:41 ID:???
マリアナ諸島征服への最後の貢献としてグアムとパラオを叩いた後、真珠湾に向かい
8月9日に到着。同地でWilliam F. Halsey, Jrの将旗を8月24日に掲げ、第三艦隊
旗艦となる。8月30日に真珠湾を出航、以後8月間はウルシーを根拠地とする。
太平洋戦争たけなわのこの時期、高速空母任務部隊群はフィリピン、沖縄、
フォルモサ海域を股にかけ、飛行場、船舶、沿岸基地、上陸海岸を反復して叩いた。
ニュージャージーはこれら部隊に欠かせぬ防御を担い、敵の航空及び水上攻撃を
常に撃退する備えとなった。

9月には、目標はビサヤとフィリピン南部、ついでマニラとキャビテ、
パネイ、ネグロス、レイテ、セブとなった。10月上旬には10月20日のレイテ
上陸の準備として沖縄とフォルモサを基地とする敵航空戦力を撃滅する攻撃を
開始。


87 :名無し三等兵:04/03/15 11:01 ID:???
レイテ進攻は日本帝国海軍の、絶望的な、ほとんど自殺的な
最後の大出撃を引き出した。日本のレイテ湾作戦計画は航空機のない
重攻撃空母群からなる北方部隊が囮として上陸を援護するHalsey提督の
戦艦、巡洋艦、高速空母群を誘引することが含まれていた。これにより、
日本軍の中央部隊はサンベルナルディノ海峡を通りレイテ湾に入ること
ができる。戦闘の劈頭にニュージャージーの護衛する空母群の航空機は
日本の南方部隊と中央部隊を痛打し、10月23日に戦艦1隻を撃沈。
翌日、Halseyは囮部隊が探知されたことにより北方へ針路をとる。Halsey
の空母の航空機は日本空母4隻、駆逐艦1隻、巡洋艦1隻を撃沈。その間、
ニュージャージーは新たな中央部隊の脅威に応じるべく南へ最大速度で急行。
同艦が到着したときには脅威部隊は衝撃的な敗北を受けて撃退されていた。


88 :名無し三等兵:04/03/15 11:54 ID:???
ニュージャージーは高速空母群と10月27日に再び合流、ルソン中央部及び南部を
攻撃。2日後、部隊は自殺攻撃を受ける。艦船の対空砲火と戦闘空中哨戒による弾幕
の中、ニュージャージーは1機を撃墜したが、同機の操縦士はイントレピッド(CV-11)
左舷対空砲スポンソンに機体を命中させた。このとき、イントレピッドの機銃により
ニュージャージー乗員3名が負傷している。11月25日でも同様に対空戦闘で部隊の
総合火力により日本機3機を撃墜。うち一機の機体部分がハンコック(CV-19)の
飛行甲板に炎上しつつ命中。イントレピッドはまたも攻撃を受け、自殺攻撃と
思われる一機を撃墜したものの、ニュージャージーの銃手が命中弾を与えた
別の機に衝突される。ニュージャージーはカボット(CVL-28)に急降下した
1機を撃墜し、カボットの左舷艦首に衝突した1機に命中弾を与えた。


89 :名無し三等兵:04/03/15 12:23 ID:???
12月に、ニュージャージーはレキシントン任務群と航海し12月14日〜16日の
ルソン航空攻撃を行う。その後、激しい台風に遭遇、3隻の駆逐艦が沈んだものの、
ニュージャージーは熟練した船乗りの技により無傷で切り抜ける。クリスマスイブに
ウルシーに帰還し、艦隊提督Chester W. Nimitzと会同。

Halseyの旗艦としての最後の航海は12月30日から1月25日までで遠くかつ広範囲に及んだ。
同艦が護衛する空母はフォルモサ、沖縄、ルソン、インドシナ沿岸、香港、スワトウ、アモイ
を攻撃し、再度、フォルモサと沖縄を攻撃。 1月27日にウルシーでHalseyはニュージャージー
から将旗を降ろしたが、2日後には第七戦艦戦隊(Battleship Division Seven)
を指揮するOscar Badger中将が旗を掲げた。


90 :名無し三等兵:04/03/15 14:27 ID:???
訂正
#ここまでrear admiralを中将としてきたのですが、少将であることが判明
将旗の星の数は
commodoreが1 rear admiralが2 vice admiralが3 admiralが4 
fleet admiralが5 従って、准将、少将、中将、大将、元帥ですね。
88の艦隊提督とは従って元帥でした。失礼しました。


#Oscar Badgerについてはこちらが詳しい。
h ttp://www.history.navy.mil/ar/bravo/badger.htm

battleship division seven
戦艦の戦隊とすると、日本の場合は基本的には同型艦2隻〜4隻で組まれる。
ミッドウェーの戦闘序列の英語版をみると戦隊で良いのかも。


91 :トルエン大尉 ◆ja0BUvrq2. :04/03/15 21:33 ID:???
ミッドウェーの戦闘序列の日本語では
第一戦隊・大和、長門、陸奥
第二戦隊・伊勢、日向、山城、扶桑
になってますね。

92 :Lans ◆EDLansNRRQ :04/03/16 01:13 ID:???
>80
LSM(R)401級ロケット支援艦でつね。
これは1945から48隻が量産され、主に朝鮮戦争に投入され、一部の改修艦がヴェトナムでも使用された模様。
ちなみに、これの前段階のLSM(R)188号級ロケット支援艦が1944に12隻建造され、うち8隻が沖縄戦に参加したようでつ。

ただ、これらが上陸作戦の上陸段階の支援に特化し、ブラウンウォーターNAVYの河川砲艦が、
河川制圧(パトロール)に特化したのに対し、英海軍のモニターは、上陸支援に限定されない、
海上から陸上への砲撃を指向していた節があります。

結局、これらの艦艇からの陸上攻撃は、空母艦載機や、強襲揚陸艦のAHの役目になっていきましたが
精密兵器の発達に従い、その火力投射の役目を、艦載機からミサイルに切り替えたものが、
アーセナルなのではないか?とか思っていまつ。

まあ、米軍は他にもDDXとかの構想がありますが…
そういえば、あの、対地攻撃駆逐艦構想…今どうなってるんだろう?

さて…対潜丼、出番でつ
(無責任にも、勝手に人に振ってみるテスト)

93 :Lans ◆EDLansNRRQ :04/03/16 01:34 ID:???
アメリカ海軍の現在の士官階級は

大将 Admiral
中将 Vice Admiral
上級少将 Rear Admiral(Upper Harf)
少将 Rear Admiral(Lower Harf)
大佐 Captain
中佐 Commander
少佐 Lieutenant Commander
大尉 Lieutenant
中尉 Lieutenant Junior Grade
少尉 Ensign

となっているやうでつ。
なんと准将がない…准将は陸・空・海兵には存在

しかし、上級少将のランクはO-8であり、他軍では、これが少将
海軍の少将はランクO-7で、他軍のO-7は准将となっていますので、
訳し方によっては、
Rear Admiral(Upper Harf)を少将、
Rear Admiral(Lower Harf)を准将とした方が感覚的には判りやすいかも…


94 :Lans ◆EDLansNRRQ :04/03/16 01:42 ID:???
>階級追記
WW2中はO-7はRear Admiral(Lower Harf) ではなく、ここがComodoreだったそうです。

95 :Lans ◆EDLansNRRQ :04/03/16 02:12 ID:???
前スレが書けなくなったので、とりあえず、こっちに(w

>645(前スレ)
まあ、既に大半の内容は、概略としては把握してありますが、
手元にあって、いつでも詳細を参照できるというのは、やっぱり良いもんです(喜

あと、自宅付近の古本屋で、国書刊行会の定本・太平洋戦争を見つけたのですが、
内容不明で、手を出してよいものか思案中。

書評スレでも聞いてるのですが、まだ反応なし。
昭61年刊、定価20k、これが5kで発見。
さて、どうしたものやら…(悩

誰か、内容知ってる方おりませんかぁ?

(今、LRRPを読んでるので、ソ連地上軍は、その後のお楽しみに積んでありまつ)

96 :名無し三等兵:04/03/16 02:13 ID:???
>91 93 94
教えていただいた情報をもとに
battleship division admiralでググッテみたところ戦隊で良いようです。
戦記物を読んで太平洋の島嶼の名前が詳しくでている地図が
あればもっとらくに訳せることに気付きました。
 しかし、ネットワークセントリックという議論が今一つ分かり難いので
火力支援する側の話をここいらから見ておくといいこともあるだろうと
思っています。いや、これも誤訳で誤解しなければの話ですが(汗。
で、その先に、先に言われた目標の抽出の問題があるのですが。まず火力を提供
する側はどうなんだろうと。

>92 ズムウォルト級対地攻撃駆逐艦が構想されていたのが、その後次期艦船構想
が名称変えとなり、LCS(沿岸戦闘艦艇)がかわりに浮上してきています。
確か、世界の艦船でのコロネードの取り上げ方も次期艦船構想絡みだった気が。

97 :名無し三等兵:04/03/16 03:00 ID:???
イラク戦争開戦1周年となりました。初日だったかにBBCの従軍記者が
射撃を受けて慌てて遮蔽物に隠れる報道があったのを思い出します。

>95 501kbと表示されていたのでまだ大丈夫かと思っていましたが
いつの間にか512kbを越えていたようです。

<定本 太平洋戦争
詳しい方を御待ちください。申し訳ない。
<LRRP
今のレンジャー連隊の元ですね。

<81機甲旅団あらため81BCT
タコマニューストリビューンで、ハックワースが展開間近の州兵3個旅団は
準備不足と批判したコラムについて後追い記事が出ています。
筆者は従軍取材を予定している記者。
<SBCT
クウェートの駐屯地でレイプされた女性兵士が報道の前に姿を現しインタビュー
を受けました。

98 :名無し三等兵:04/03/16 21:04 ID:???
89続き 朝鮮の地名をアルファベット表記から漢字表記に直すのに手間取った
もののなんとかなりそうです。
h ttp://isp.livedoor.com/join/phone/price/korea.html
h ttp://camp.ff.tku.ac.jp/TOOL-BOX/KoreaPN/K-C&C.html
h ttp://www.watanabegumi.co.jp/wldculture/korea/kr.htm#r15d2

こちらを参考にし、あとは中学の世界地図帳で当たりを付けています。
ニュージャージーは基本的には日本海側、つまり朝鮮半島の東海岸を行き来して
砲撃しています。

#朝鮮の地名のアルファベット表記には一つの基準が定まっていないことが判明。
#次はh ttp://www.ussmissouri.com/KoreaWarDiary/1.htm
こちらでより細かく見てみようかと。発射弾数、時刻、経緯度なども詳しいです。
ただし、時刻のZは見当がつくけど、Iはつかないとか、役職名が不明のままになど
なるなどはあるかと。そのかわり補給の様子などはかなり詳しくなります。

99 :名無し三等兵:04/03/17 09:02 ID:???
続き

硫黄島上陸支援のため、ニュージャージーは2月19日から21日、同島へ航空攻撃するエセックス(CV-9)群で防御幕となり、2月25日には東京に対する初の空母攻撃でも防御幕という重要な任務を果たす。
同攻撃は特に航空機生産を目標とするものだった。続く2日間、同打撃部隊は沖縄に航空攻撃する。

3月14日から4月16日までニュージャージーは沖縄征服に直接参加した。空母が進攻の準備として
沖縄と本州を攻撃する間、ニュージャージーは航空攻撃を撃退し、水上機で墜落した操縦士を
救出し、特攻機から空母を守り、少なくとも3機を撃墜し他艦が撃破するのを助けた。
3月24日には、1週間後の強襲のため上陸海岸を準備するために砲撃するという、戦艦の重要な
役割を再度果たしている。

戦争の最後の数ヶ月、ニュージャージーはプージェット海峡海軍工廠でオーバーホールを受け、
7月4日に出航し、サンペドロ、真珠湾、エニウエトックを経てグアムへ向かう。グアムで8月14日に
再びSpruance提督の第五艦隊旗艦となる。マニラと沖縄に短時日滞在したのち、東京湾に9月17日に
到着。同地で日本水域における海軍部隊司令官代々の旗艦を務め、1946年1月28日にアイオワ
(BB-61)がこの役目を引継ぐ。ニュージャージーは本国帰還する兵を千名近く載せてサンフランシスコに2月10日に到着。


100 :名無し三等兵:04/03/17 09:04 ID:???
西海岸での作戦とプージェット海峡海軍工廠での通常オーバーホール後、ニュージャージーの
バイヨンヌへと大西洋の波を分け進む。同地で1947年5月23日に激励する4回目の誕生式典が開かれた。
出席者は知事Alfred E. Driscoll、元知事Walter E. Edgeらの貴顕。

6月7日から8月26日の間、ニュージャージーは第二次世界大戦勃発以来初の北欧海域を巡航する訓練
部隊に加わる。2000名を超える海軍兵学校とNROTCの士官候補生が東大西洋及び地中海海軍部隊
司令官Richard L. Connoly提督の指揮下で海洋航海経験を積んだ。同司令官はニュージャージーに
6月23日、スコットランドのロサイスにて旗を掲げる。同艦にてオスロで公式レセプションが催され、
ノルウェー国王Haakon Z世は7月2日に乗組員を観閲。また英国ポーツマスでも同じく公式レセプションが催されている。訓練艦隊は7月18日に西へと向かい西部大西洋とカリブ海で演習を行った。


戦艦第一戦隊司令官Heber H. McClean少将の旗艦をニューヨークで9月12日から10月18日まで務めた
後、ニューヨーク海軍工廠で退役。1948年6月30日にバイヨンヌにて解役し大西洋予備艦隊ニューヨーク群へ編入。

101 :名無し三等兵:04/03/17 09:04 ID:???
1950年11月21日、David M. Tyree大佐を艦長としてバイヨンヌにて復役。朝鮮戦争の苛酷な要求にあ
っても殊勲をあげられるように、一丸となり機能するよう乗組員をカリブ海にて訓練した。1951年4月16日ノーフォークから出航し、日本を経て韓国東海岸沖に5月17日に到着。以後6ヶ月間、第七艦隊司令官Harold M. Martin中将はニュージャージーを旗艦とする。

5月20日に韓国で最初の沿岸砲撃を行う。同艦は二度の朝鮮水域での戦闘航海で海上機動砲兵の役割を
幾度となく果たした。国連軍部隊への直接支援、地上行動の準備、共産党軍の補給と通信線の
阻止、補給物資と陣地破壊のため、ニュージャージーは鉄塊を放ち、地上砲兵の射程を超えて射撃し、
目標から目標と迅速に主攻撃に束縛されず移動し、空母が防御を必要とするときは直ちに護ることも
できた。元山でのこの任務の際、朝鮮戦争での唯一の戦闘損害を被っている。沿岸砲台が第一砲塔と
艦尾付近左舷に至近弾を与えて、1名が戦死し2名が重傷を負っている。

5月23日と27日の間、及び30日に、ニュージャージーは襄陽 Yangyangと杆城Kansong
付近の目標を砲撃し、部隊集結を散り散りにし、橋梁を落とし、弾薬貯蔵所3箇所を破壊。
航空観測機の報告によると、この砲撃後に襄陽は放棄され、杆城Kansongでは鉄道施設と車両が
破壊された。5月24日に、ニュージャージーのヘリ1機が墜落した操縦士を捜索中、燃料切れで
喪失。乗員は友軍領域に辿り着く事が出来、のちに艦に帰還した。

102 :名無し三等兵:04/03/17 09:06 ID:???
太平洋艦隊司令官Arthur W. Radford提督と極東海軍部隊司令官C. Turner Joy中将が座乗し、
ニュージャージーは元山の目標を6月4日に砲撃。2日後に杆城Kansongで主砲にて砲兵連隊1個と
トラック集結地を砲撃、第七艦隊の航空機が目標を観測し成功を報告。6月28日に元山沖で
再度沿岸砲台の砲撃に捉えられる。左舷側に至近弾が数発あったが、ニュージャージーの
精確な射撃は敵を沈黙させ数門を破壊。

7月4日から12日の間、ニュージャージーは杆城Kansong地域での国連軍の前進を支援、敵部隊の戦力
蓄積と再集結陣地を砲撃。韓国第一師団が敵を猛攻している際に、沿岸火力統制観測官はニュー
ジャージーの斉射が敵迫撃砲陣地、補給及び弾薬貯蔵所、人員集結地に直撃するのを目撃。
77月18日に元山へ戻り、完璧な射撃を見せつけ、砲座5門を5回の直撃で破壊。

8月17日には再度韓国軍の支援のため、杆城Kansong地域へ戻り4日間に渡り夜間は擾乱射撃、昼間は
反撃を破砕、敵部隊に大損害を与える。さらにこの付近に8月29日にも戻り、韓国軍に加えられて
いる圧力を緩和するため敵前線背後に行われた両用戦の示威として射撃した。
翌日から3日間Changjon地域での殲滅を行い、搭載ヘリの観測結果によると、建物4棟破壊、
道路交差点粉砕、鉄道操車場炎上、車両は切断されて転覆、貯蔵石炭は飛散、建物と倉庫多数が
炎上。

103 :名無し三等兵:04/03/17 09:15 ID:???
9月23日に、砲撃により損傷をうけた韓国軍フリゲートAPNOK(PF-62)から負傷者を受け入れて暫時
休息したほかは、ニュージャージーは杆城Kansong地域の砲撃に没頭し、米軍第十軍団の機動を
支援した。砲撃のパターンとしては、夜間に擾乱射撃をし、昼間に確認目標を破壊する形だった。敵の移動は同艦の巨砲の射撃により妨げられた。橋、ダム、砲座数門、迫撃砲陣地、トーチカ、陣地、弾薬貯蔵所2箇所が破壊された。

10月1日に、統合参謀本部議長Omar Bradley大将と極東総司令官Matthew B. Ridgeway大将がMartin提督と
協議のため乗艦。

10月1日から6日、ニュージャージーは杆城Kansong、感興Hamhung、興南Hungnam、
Tanchon、Songjinで連日行動。杆城Kansongの目標の大半は敵陣地と補給集積地。
その他では鉄道、トンネル、橋梁、石油精製所、列車、沿岸砲台を5インチ砲で破壊。
10月16日にはHMSベルファストと組んで航行しHMASシドニーの操縦士の観測の下
Kojo地域を目標とする。作戦は良く計画、調整されており、良好な戦果が得られた。

104 :名無し三等兵:04/03/17 09:24 ID:???
10月16日は誉れ高き日であった。杆城Kansong地域の観測機が「全射撃目標に着弾、5年で最も
素晴らしい射撃だと」伝えてきた。5時間の砲撃で砲座10門、塹壕と掩蔽壕を粉砕しおよそ
500名の損害を与えた。

11月1日から6日、ニュージャージーは北朝鮮沿岸を輸送施設を攻撃しつつ急進。
元山Wonsan, 興南Hungnam, Tanchon, Iowon, Songjin, and Chongjinの橋梁、道路、鉄道施設を打撃し、
橋梁4つを破壊、他を大いに損傷させ、操車場2箇所を切り裂き、鉄道を長い区間にわたり破壊した。
11月11日と13日にはKansongを再度、またChang-San=got半島付近を攻撃して、ニュージャージーは
今回の戦闘航海を終えた。

旗艦はウィスコンシン(BB-64)へと交代し、ニュージャージーは横須賀をでてハワイ、
ロングビーチ、パナマ運河を経て12月20日にノーフォーク着。ここで6ヶ月間のオーバーホール。
1952年7月19日から9月5日の間、NROTC士官候補生司令官H.R. Thurber少将の旗艦として
シェルブール、リスボン、カリブ海を訓練航海。その後、二度目の韓国への戦闘航海に備え、
訓練した後、1953年3月5日にノーフォークから出航。

105 :名無し三等兵:04/03/17 09:25 ID:???
航路をパナマ運河を経て、ロングビーチ、ハワイととり、4月5日に横須賀着。翌日、
ミズーリ(BB-63)から第七艦隊司令官Joseph H. Clark少将が旗を移し旗艦を引継ぐ。
4月12日には、Chongjinに砲弾を撃ち込み、ニュージャージーは戦闘へ復帰。7分間で
直撃7回を記録し、主通信局の半分を吹き飛ばした。釜山Pusanで2日後に韓国大統領と夫人
および米国大使Ellis O. Briggsを迎えて舷側礼。

4月16日にKojoで沿岸砲台と建物、4月18日に興南Hungnam付近で鉄道車両とトンネル、
4月20日に元山Wonsan海岸で砲座を砲撃し、自身も数発の至近弾を受けつつ5箇所で沈黙させる。
4月23日にSongjinの目標を攻撃。鉄道トンネル1箇所に16インチ砲が直撃6回、鉄道橋2箇所を
破壊した。

5月1日にニュージャージーは元山Wonsanへの大規模な航空攻撃及び水上打撃に参加、
第七艦隊航空機が敵を攻撃、戦艦のために観測した。この日共産党軍の沿岸砲11門を破壊し、
4日後にはHodo Pando島の海岸を管制する重要な観測所を破壊。2日後には元山WonsanのKalmagak
を目標とし攻撃。

106 :名無し三等兵:04/03/17 09:27 ID:???
航路をパナマ運河を経て、ロングビーチ、ハワイととり、4月5日に横須賀着。翌日、
ミズーリ(BB-63)から第七艦隊司令官Joseph H. Clark少将が旗を移し旗艦を引継ぐ。
4月12日には、Chongjinに砲弾を撃ち込み、ニュージャージーは戦闘へ復帰。7分間で
直撃7回を記録し、主通信局の半分を吹き飛ばした。釜山Pusanで2日後に韓国大統領と夫人
および米国大使Ellis O. Briggsを迎えて舷側礼。

4月16日にKojoで沿岸砲台と建物、4月18日に興南Hungnam付近で鉄道車両とトンネル、
4月20日に元山Wonsan海岸で砲座を砲撃し、自身も数発の至近弾を受けつつ5箇所で沈黙させる。
4月23日にSongjinの目標を攻撃。鉄道トンネル1箇所に16インチ砲が直撃6回、鉄道橋2箇所を
破壊した。

5月1日にニュージャージーは元山Wonsanへの大規模な航空攻撃及び水上打撃に参加、
第七艦隊航空機が敵を攻撃、戦艦のために観測した。この日共産党軍の沿岸砲11門を破壊し、
4日後にはHodo Pando島の海岸を管制する重要な観測所を破壊。2日後には元山WonsanのKalmagak
を目標とし攻撃。

107 :名無し三等兵:04/03/17 09:35 ID:???
元山Wonsanで7月11日から12日、ニュージャージーは韓国での戦闘任務中で最も集中的砲撃を行った。
初日は9時間、2日目は7時間、Hodo Pondo島と本土の砲陣地と掩蔽壕を叩き潰し、はっきりと
戦果をあげた。少なくとも敵砲10門を破壊、多数を損傷させ、多数の洞窟とトンネルを封じた。
7月13日にはKojoでレーダー管制局と橋梁を粉砕、7月22日から24日には高城Kosong付近の韓国軍を
支援して東海岸を再度砲撃。ニュージャージーの砲手はこの時期、大変精確でありそのもたらす
破壊は素晴らしかった。敵の重要な観測所のある大洞窟を封じ、1ヶ月に及ぶ国連軍の活動の
結果、多数の掩蔽壕、砲陣地、観測所、塹壕、戦車その他の兵器を破壊した。

7月25日明け方は興南Hungnamの主要港湾、鉄道、通信中枢の沖で、沿岸砲、橋梁、向上地域、
石油貯蔵タンクを砲撃。同日午後には北へ航海し、Tanchonへ進む間、鉄道線及び鉄道トンネルを
砲撃。同地で夜間に沿岸を走行することが判明している列車を観測するため捕鯨船を発進させた。
列車を閉じ込めるように2本のトンネルに主砲を指向したが、暗闇の為6門斉射の成果を見ることは
できなかった。

翌日の元山Wonsanでの任務行動がこの任務航海での最後だった。ニュージャージーは同地で大口径砲、掩蔽壕、洞窟、塹壕を破壊。2日後、休戦が伝えられた。香港に8月20日に碇泊し7日間の間祝った。
この戦闘航海の残りでは2本とフォルモサ沖で作戦を遂行した。特筆すべきなのは釜山Pusanへの
訪問だった。李承晩大統領が9月16日に乗艦して第七艦隊へ韓国大統領部隊感状を授与した

108 :名無し三等兵:04/03/17 09:37 ID:???
10月14日に横須賀で旗艦をウィスコンシンと交代し、翌日本国への途につき、11月14日にノーフォーク
に到着。この後二回の夏は大西洋を士官候補生を乗せて渡り訓練し、その他の時期には大西洋岸と
カリブ海で演習や訓練機動により技量を磨いた。

ニュージャージーは1955年9月7日にノーフォークを出航し地中海の第六艦隊で最初の任務航海につく。
訪問港はジブラルタル、ヴァレンシア、カンヌ、イスタンブール、スダ湾(#クレタ島)とバルセロナなど。
1956年1月7日にノーフォークに帰還し、訓練作戦の春季計画を行う。同年夏、再び訓練の為
士官候補生を乗せ北欧へと航海し、7月31日にアナポリスに帰還。再度、8月27日に第二艦隊司令官
Charles Wellborn Jr.中将の旗艦として欧州へ航海。リスボンを訪問し、スコットランド沖でNATO
演習に参加、ノルウェーを公式訪問し王太子Olafを賓客として招く。ノーフォークに10月15日に帰港、
12月14日にニューヨーク海軍工廠に退役のため到着。1957年8月21日バイヨンヌにて解役し予備として
留められる。

ニュージャージーの三度目の現役は1968年4月6日、J. Edward Snyder大佐指揮下でフィラデルフィア
海軍工廠での復役に始まる。性能の向上した電機とヘリ着陸パッドが取り付けられ、40mm砲が
取り外され、重砲撃艦として改修された。16インチ砲は、悪天候下において航空攻撃からは
安全に、他の小口径の海軍砲では届かぬヴェトナムの目標に到達すると期待されていた。

109 :名無し三等兵:04/03/17 09:39 ID:???
ニュージャージーはいまや世界で唯一の現役の戦艦として、5月16日にフィラデルフィアを出航し、
ノーフォークを経由、パナマ運河を通過して新たな母港となるカリフォルニアのロングビーチに
6月11日に到着。南カリフォルニア沖でさらに訓練をする。7月24日、ニュージャージーは16インチ
砲弾と装薬筒をMOUNT KATMAI(AE-16)から通常ハイライン輸送とヘリコプター輸送により受領。
これは海上でヘリにより戦艦の弾薬が輸送された初の出来事だった。


ロングビーチを9月3日に出航、真珠湾とスービック湾に寄港後、ベトナム沿岸での砲撃支援任務を
行う最初の任務航海へと9月25日に出る。9月30日、弩級戦艦は17度線付近で初弾を撃つ。
16年ぶりの戦闘であった。非武装地帯(DMZ)内及び付近の共産党軍目標を再度射撃し、砲座2門と補給集積地2つを破壊。翌日はDMZ北の目標を射撃し、対空砲火により海上に撃墜された観測機の乗員を
救出。

以降6ヶ月間、スービック湾を短期訪問するのと、海上で補給活動を受けるほかは着実にベトナム沿岸にて砲撃と火力支援を行う。砲列に加わって最初の2ヶ月間に共産党軍目標に発射した弾数はおよそ
1万発。うち3000発以上は16インチ砲弾であった

110 :名無し三等兵:04/03/17 09:41 ID:???
最初のベトナム戦闘航海を終え、ニュージャージーはスービック湾を1969年4月3日に出て、日本へ
向かった。横須賀に到着し2日間滞在したのち、合州国に向け4がt9日に出航。が、帰国は遅れる
こととなった。15日にニュージャージーがまだ洋上にあるとき、北朝鮮のジェット戦闘機が
非武装のEC-121”コンステレーション”電子偵察機を日本海で撃墜し、全乗員が死亡。
空母任務部隊が編成されて日本海に送られ、ニュージャージーは向きを変え日本を目指すよう命じ
られた。22日に再び横須賀に到着し、起こりうる事態に備えて直ちに洋上に出た。危機は緩和され
て解放され、ニュージャージーは中断された航海を続け、1969年5月5日にロングビーチに錨をいれた。
8ヶ月ぶりの母港だった。夏の間、乗組員は今後の展開の準備に精を出した。砲で発見された
不具合は直され、全員が強力な戦艦が戦闘で価値を発揮する機会を望んでいた。が、経済的理由が
勝ちを収めることになってしまった。1969年8月22日、国防長官は退役する艦船の一覧を公表した。
一覧の先頭にニュージャージーの名があった。5日後、Snyder艦長に代わりRobert C. Peniston大佐が
指揮を引継いだ。

モスボール艦隊に指名された艦の指揮をとり、Peniston大佐と乗組員は憂鬱な作業を進めた。
ニュージャージーは9月6日に最後の航海につき、ロングビーチからPuget Sound海軍工廠へと
向かった。8日に到着し、解役に備え退役前オーバーホールを開始。1969年12月17日、
ニュージャージーの旗は下ろされ、退役艦隊に編入された。最後の艦長の言葉は
「よく休め、ただし浅く眠れ。再び求めを聞いたらば、自由の為に火力を発揮せよ。」
ニュージャージーはヴェトナムでの任務により海軍部隊感状を得た。第二次世界大戦では
戦闘星章を9つ、朝鮮戦争では4つ、ベトナムでは2つ受けている。

111 :名無し三等兵:04/03/17 12:04 ID:???
以上がニュージャージーの戦歴です。この後、レバノンと湾岸戦争で呼び戻されて
います。続いてミズーリの予備記述を見てみます。

#地名は元山と興南、感興は確定ですが、高城と杆城はちと自信がなく他は
より詳しい地図帳がないと分からないです。艦船の場合、1時間10ノットで
動いても24時間走れば240ノットで444.48km先まで移動します。
実際には目標を射程内に収めて目標を中心に振り子状に移動し、それから
沖合いにでてから次の配達先に行くのでしょうからもう少し短いかもしれませんが。

#また、訓練艦として使われることが多いのも気付いた点です。

112 :名無し三等兵:04/03/18 21:39 ID:???
interim strike forceという言葉があったのを知りました。
空地打撃部隊の系譜に連なるんでしょうか。まだ未見です。

113 :名無し三等兵:04/03/18 22:44 ID:???
Nato sends more troops to Kosovo
http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/europe/3522230.stm

NATO コソボへ増援

NATOはここ5年来で最悪の民族衝突発生に伴い、平和維持部隊をコソボに送りつつある。
衝突は、分断されている町Mitrovicaで始まり、セルビア人とアルバニア人が銃や手榴弾で攻撃
しあい、数名が死亡。

 暴力は国連管理地域に広がり、国連筋によると、22名が死亡し、500以上が負傷したと伝えられ
ている。この報せに、ベルグラードや他のセルビアの都市では抗議が起こった。

非難

ブリュッセルのNATO広報官によると、暴力を沈静するためはボスニアからコソボへ部隊を派遣中とのこと。150名の1個中隊が向かいつつあり、他に2個中隊が待機しているとロイターに語った。
暴動にたいしては国際的に非難が拡がっており、NATOによると1999年の戦争終結以来最悪の暴動
とのこと。
 
火種となったのは、火曜日にコソボ北部の町Mitrovicaでアルバニア人の子供3名が溺死したこと。
セルビア人に犬で追われ、逃げようとしてのことと伝えらた
少年らが志望する前日にはコソボ中部のCaglavica村で18歳のセルビア人が通りすがりの車から
銃撃を受け負傷し、セルビア人とNATO平和維持部隊との間の衝突を引き起こしている。
 
これまでのところ22名が暴力の広がりにより死亡したとUNmikのNATO代表部広報官は伝えている。
コソボの領域内外への飛行は停止され、セルビアとの境は閉鎖されてい

114 :名無し三等兵:04/03/18 22:58 ID:???

その他の事件
セルビア人の建物がコソボの首都プリシュチナでアルバニア人に攻撃を受け、7名が死亡と
国連が伝える。およそ100名のセルビア人が警察とNATO部隊により市から脱出。

東部の町Gnjilaneで3名が死亡。

Caglavicaで戦闘がありセルビア人の家屋数軒が炎上。

プリシュチナ郊外のPoljeでセルビア人家屋のある付近の地方病院が炎上

コソボ西部のBelo Poljeでセルビア人帰還者へ攻撃

西部のPecで暴動、国連事務所が攻撃を受けて国連警察官によりアルバニア人1名が殺害される

水曜の夜、コソボのセルビア人同胞への攻撃に対して抗議する為、ベルグラードで数千人が
路上へ繰り出す

デモ参加者は警察の警備線を突破し17世紀からのモスクに火を放った。

セルビアの都市Nisでもモスクに放火があった。

セルビア首相Vojislav Kostunicaは、水曜の攻撃はアルバニア分離主義の本性である「その暴力的、
テロリスト的性格」を露にしたと語り、コソボのセルビア人は自治権を与えられるべきだとした。
また、アルバニア人によるコソボ内に「残るセルビア人共同社会に対する虐殺」を非難した。


115 :名無し三等兵:04/03/18 23:00 ID:???
火種

1999年のNATO航空攻撃によりセルビアが撤退して国連がコソボの行政を引継いで以来、
Mitrovicaは火種だった。

およそ20万人のセルビア人がコソボに孤立した飛び地や、Mitrovia北部のような混ざり合った街区に
残った。

コソボの将来の地位は未解決であり、特派員によると進展がないことが戦後の緊張を高めている。

Kostunica首相は最近、コソボは自治区に分割されるか、或いは民族線に沿い分離されるべきだと
提案した。

コソボの大統領Ibrahim Rugovaの広報官はBBCに、独立のみが解決であると語った。

「コソボの地位は独立すべきであるのは言うまでもない。これはコソボ人の大多数の意志である。
コソボの独立は多くの問題を解決する」と、Mohamed HamitiはWorld Today で語った。

BBC
http://news.bbc.co.uk/go/pr/fr/-/1/hi/world/europe/3522230.stm

Published: 2004/03/18 10:34:24 GMT

116 :名無し三等兵:04/03/18 23:05 ID:???
緊急展開の話でどうも陸軍らしいので、載せて見ました。
詳細は明日以降調べてみます。173空挺旅団かボスニア展開している
米欧州陸軍の部隊かと思いますが、不明。

#コストニッツァ首相の綴りはちと面白かった。

117 :名無し三等兵:04/03/19 04:34 ID:???
>112 どうも下訳終えて日本語の拙さに泣いた旅団基盤師団の任務別編成案に
ある打撃師団なども近い。いや、むしろ旅団基盤師団もstrike forceも
”規格性”(旅団単位のプラグ&プレイ)の走りを受けている節があります。

strike forceでTRADOC パンフレットについて言及していました。
検索すると次代のFMなどや構想などを説明している文書ですね。シューメーカーの16の
関心領域に繋がりそうな表題の文書がちらほら見えます。

118 :名無し三等兵:04/03/19 10:05 ID:???
>116 とりあえずここが詳しい、いや、準機関誌なので当然なんですが。
記者は太郎よりも当然詳しいので信用置けますし。

U.S. troops in Bosnia go to Kosovo
h ttp://www.estripes.com/article.asp?section=104&article=21094
次レスに訳を掲載予定。またしても知らない構想がでてきました。
グローバルセキュリティの演習のとこをよく読めば載っている気がしますが。

119 :名無し三等兵:04/03/20 01:44 ID:???
>118 KFORの編成探し中なり。
コソボ派遣は先遣が州兵1個中隊とイタリアのカラビニエリ、英国とボスニアから1個大隊が
後続。

120 :名無し三等兵:04/03/21 19:56 ID:???
>117 Interim Strike Forceは1999年1月にデニス・ライマ-大将が
AUSA(米国陸軍協会)の会合にて発表したことが判明。
つまり、フォースXXIの構想の流れを汲み、IBCTの源流の一つである可能性が
あります。AAN(次の陸軍)以外にも流れがあったわけです。

<ミズーリの戦闘日誌
舷側礼と登舷礼の違いなどを探しており、順調に挫折中。
とりあえず正確なのは艦船名だけという状態。しかし、訳せれば
ニュージャージーの戦闘航海ではざっと纏められていた部分、
つまり、どこにいってどんな戦果をあげていつ帰ったかという話を
さらに膨らませられるとは分かっています。分かっているんです。

121 :名無し三等兵:04/03/22 22:03 ID:???
>120 面白い事にBUA(旅団行動部隊)で出て来るプラグ&プレイの話が
既にこの暫定打撃部隊の構想で出てきます。2ACRの司令部を母体として
全陸軍から任務と進行にあわせて、部隊を傘下に組入れて指揮するための構想
だったようです。その一方ですでに空中機動旅団などはAANの中で論じられて
発表され、この論文でも引用されています。

122 :名無し三等兵:04/03/23 18:25 ID:???
Joint Venture makes berth in Iwakuni
http://www.globalsecurity.org/org/news/2004/040321-hsv-x1.htm
IX-532 Joint Venture (HSV-X1)が岩国に2月28日に寄港
・3MEF(第三海兵遠征軍)のFoal Eagle作戦支援のため
・同艦は以前はカーフェリーだったが、軍に「養子縁組」となった
・副長は陸軍のChief Warrant Officer
・乗組員は男性のみ30名
・搭載できる貨物は数百トン、搭乗可能人数は363名
#Foal Eagleは韓国と米軍との合同実働演習のはず。Foalは子馬の子
のような意味だから、訳すと若鷲でしょうか。

#Tオーストラリアのタスマニアにて軍向けの改修を行い納入されたと書いています。
同じ会社かも。incatではなく、 the Catamaran Companyとしていますが。

#AOEを読み始めました。軍団と戦域軍についても編制を検討し承認していたことを
知りました。また、Division 86の成果をいくつかあげています。そのかわり
ROADからDRSへと移り、TRICAPなどはでてきません。AoEが中心です。

123 :名無し三等兵:04/03/24 22:27 ID:???
AoE続き(下読み中)
1970年代後半から「紛争」世界への即応展開を求める考えがでてきたこと。
そして、NATO正面への米大陸本土からの増援。
これらの二重の目的をこなせる師団とその上位階梯である軍団の編制研究が
1982年ごろに行われています。
この中でInfantry Division 86というのが構想されるのですが、これの
歩兵は自動車化されています。師団定員は17773名。9個歩兵大隊 2個突撃砲大隊
旅団本部は3つ。旅団は固有の部隊を持たない図式となっています。

#RACO(後方地域戦闘旅団)というのが軍団固有で出て来ることがあります。
自動車化歩兵なのですが。これの性格についてはまだ詳しい記述にまで行って
いません。

124 :名無し三等兵:04/03/25 19:06 ID:???
米軍艦、操船に民活導入 軍人の前線集中配置狙い実験
http://www.asahi.com/international/update/0325/012.html

#陸軍の人員定数上限は編制、というか部隊設計の話で出て来るんですが
この方法を使えばある程度までは回避できるかも。支援関係にどれだけ
民間人を導入できるか、民間会社を使えるかは見てこなかったので参考に
なります。ハリバートンや新銀行紙幣を輸送した会社の警備人員には
フィジー人がいたことなどが参考になるかと。医療などのリーチバック
(本土から展開先に医療診察をし、投薬の助言などをする)や、民間の
経営概念の導入などは見たような気もするんですが。FM3-0で軍種間、官庁間、
NPOとの連携を謳っていたのですが、こういう形なのかも。
補給関係については特に予備部品の到着が遅れたという話がありますが。
前線集中配備というのは、end strengthとかをうまく言い換えているのかも
しれません。

125 :名無し三等兵:04/03/27 04:08 ID:???
ワシントンポストに米陸軍の戦力再配置の記事が載りました。
中央アジア諸国にOEF(不朽の自由作戦)のさい駐留することになった基地を
展開基地として使用、ドイツの2個師団の家族は本土帰還、ドイツなど欧州軍
の人員を削減、東欧に作る質素な基地へ移転、東アジアは戦力削減と
合理化、これによる戦力の空白を避けるためグアムやハワイに1個空母群を
置く事を検討という内容です。

#SBCTを空輸で展開する際の問題は、展開先空港の受け入れ能力が大抵
不十分であることと、また、能力が十分にある場合はその能力を生かすためには
多数の輸送機を投入しないといけないという指摘がされていました。
この状況を改善するには、できるだけ展開先空港に近い地域にあらかじめ
中間展開して置けば良いわけです。
 路線バスの運航を考えると分かりやすいかもしれません。

126 :名無し三等兵:04/03/28 23:51 ID:???
<戦艦の火力支援の話
戦史叢書を図書館で読んでみました。沖縄戦で嘉数高地の話もみようかと、
11巻目を読んでいる途中です。AoEも進んでいます。


127 :対潜臼砲 ◆VVUq8Fu.ow :04/03/28 23:54 ID:???
ぬ〜
最近の米軍の再配置・再編成は眼が離せないな〜とは思ってるんですが。

年度末進行なんて嫌いだ。今週は80時間働くかと思ったぞ
(それでもLans丼には負けてる悪寒)


128 :名無し三等兵:04/03/30 05:43 ID:???
>127 あちらこちらで記事が出ているのですが、決定的な内容はまだでていません。
韓国の第二歩兵師団の2個旅団は、現在、実質1個旅団規模だとか、そのような
内容が多いです。

<仕事
御疲れです。

<SBCTと陸軍の改革
第三歩兵師団の今後が注目されます。そのうちにイラクに旅団か師団を再度
展開するでしょうけども、その際の投入の仕方と規模がどうなるか興味深いです。
BUA(旅団行動部隊)で、イラク内の他師団へ配属される形で行くのか、それとも
師団の一部を本土に残しつつ、大部分を展開するのかという点です。
SBCTについては、2個目の旅団がイラクへ展開すると思うのですが、これは
まだ調べていません。独立旅団のように扱われるのか、また、展開に際しては
直接支援を受ける部隊をどこから受取るのかなども調べたいところです。

129 :対潜臼砲 ◆VVUq8Fu.ow :04/03/31 02:28 ID:???
取り敢えず終わった・・・>年度末進行

今月号の「世界の艦船」にHSVの記事が有りました。
記事よりも、AH-1ヘリや装載艇の揚降シーンの写真が参考になったですかね。
(ちっちゃいモノクロですが)

>BUA
なんというか、航空部隊の空地分離みたいな運用になるのかな、と。


130 :名無し三等兵:04/03/31 11:32 ID:???
GIs back in Bosnia after assisting in Kosovo
h ttp://www.estripes.com/article.asp?section=104&article=20493&archive=true
ボスニアからコソボに展開したミネソタ州兵の中隊、ボスニアへ航空機により帰還
・第34歩兵師団第136歩兵連隊第2大隊B中隊
3月18日に基地を出てコソボへ コソボでは検問所、教会の警備、夜間外出令の施行
などを行う 予想していた暴動鎮圧はなし
・ボスニアから展開したのは米兵100名、イタリアのカラビニエリ150名 英兵100名
・州兵は6ヶ月間のボスニア展開期間の終了間際 4月1日にSFOR14からSFOR15へ権限委譲
・他に欧州からコソボ展開した部隊もあり、事態は沈静化した

131 :名無し三等兵:04/03/31 11:45 ID:???
>129
お疲れさまです。HSVは沖縄や岩国で見られるみたいです。富士にも海兵隊が
いますが、横須賀にも来るかも。輸送型だけでなく、様々なプラットフォームと
してモジュールを載せることができるという話ですが。

<BUA
師団支援集団や軍団、戦域軍の支援部隊がデジタル化により合理的な支援を
行い、列線部隊、機動部隊は自在に戦区境界に囚われず行動するのでしょうか。
長距離を移動する車列護衛などはやりやすくなるかもしれません。


132 :名無し三等兵:04/04/01 22:01 ID:???
>129 HSVの記事読みました。横浜にもたびたび来ていて、グアムと沖縄を
結ぶなどしているようですね。
 ボートは艦尾から吊り下げて下ろしていました。主船体にウェルドックが
あって水を入れて発進させるのではなかったです。

 記事をみると、搭載燃料量と貨物搭載量がトレードオフの関係にあると
書かれていて、条件次第では550tまで積めるとなっていました。
トンの単位は分からないのですが、重量だとするとSBCTは1個大隊のストライカー
を1隻に載せられるというわけにはいかなそうです。また、人員搭乗区画も
航空機のような施設であり、ベッドはホットバンクになるとも書かれていました。

#ドイツにSBCTが駐留することになったら、ドイツの港や、或いはイタリアの港に
TSVが係留されることになるのでしょうか。日本でも同船型の船が民間で運航
していたことがあるけども、現在は休止しているとも書かれていました。

133 :対潜臼砲 ◆VVUq8Fu.ow :04/04/02 09:14 ID:???
>132
HSV-2は載荷750tとありました。
双胴ウェーヴピアサの特徴か、総トンと排水量の開きが大きいのが困り者。
今回の記事中で満載排水量2000t前後とあって、ようよう規模を把握できました。
1隻で軽装の中隊戦闘群くらいが適当なようです。
あるいはTSV17隻の要求が、SBCTの所要に合せたものなのかも。


134 :名無し三等兵:04/04/03 04:42 ID:???
>133 1個中隊戦闘群とすると、歩兵車両14両 迫撃砲搭載車両2両 MGS3両
それにハマーとLMTV(トラック)などですね。

<TSV17隻
SBCT全体で歩兵中隊は9個、偵察中隊が3個、砲兵中隊が3個、工兵中隊1個
対戦車中隊が1個、これで17個になります。他はRSTA大隊のUAV小隊や
軍事情報中隊に支援集団などですが、支援集団は機動中隊毎に分けても
いいですし。なるほど、そうなのかもと思いました。 

TSVやHSVの重量と重心についてはかなり厳しいようなことも書かれていました。
軍が借り上げるに当ってランプが設けられたことや、軽量化に腐心して
いることなどが重量の関係であるとのことでした。

135 :名無し三等兵:04/04/04 20:48 ID:???
AoEはゆっくり読んでいます。TRADOC以外の総司令官(CINC)が
かなり、編制策定に関わっていたことが分かりました。指揮官会同などで
の時機にあわせて、提出説明するよう命じられて作業するなどの流れも
良く書かれています。HTLD(高度技術軽師団 第9歩兵師団のこと)に
ついては折々触れられています。中心は軽歩兵師団の創設と、重師団の
合理化にあり、重師団については一つ前の師団86の影響が大きかったようです。
 一方、旅団を単位部隊とする考えについては、ある総司令官が提案した
もの検討はさほどされなかった模様。

h ttp://www.comw.org/qdr/index.html
このサイトにもSBCT関連の論考がありました。2人乗員+4降車班の新型戦闘
車両を提案しています。

136 :名無し三等兵:04/04/06 06:18 ID:???
タコマニューストリビューンに従軍特派員の回顧ルポがでました。
記事末尾に旅団の一日の行動記録が出ているので訳してみます。

<AoE まだ各師団毎のところには到達してません。空挺と空中強襲師団
の話も少しは出てきます。

137 :名無し三等兵:04/04/07 16:32 ID:???
>136 たいした量ではないのですが、他にも見るべき話が一気に出てきました。

イラク情勢が緊迫化しており米軍増派が検討されています。
具体的にどの部隊というのは不明です。また、F-22に反対する社説が
でています。
また、民間との連携という点では、イラク領内に警備会社が派遣している人数は
1万人〜2万人という話が出てきました。特殊作戦軍の悩みは高給高待遇に
よる軍人の引き抜きとのことです。

138 :名無し三等兵:04/04/08 06:25 ID:???
都市環境における作戦での、事態の流動性の例になりそうな状況です。
平和維持、支援作戦から、低烈度紛争にあっという間に転換することが
あり、装備に劣る敵であっても主導権を握ることができるという事例
だと思います。
都市部でのヘリによる攻撃、地上からの支援要請によるとのことなので
近接航空支援なのかもしれませんが、がファルージャで行われたとのこと。
イスラエルのハマス幹部暗殺作戦を思わせる報道となってしまうかもしれません。

部隊増派は、帰還部隊の駐留期限を延長することで、必要な人員を
増やす事で対応するという話が出ています。一方、民主、共和党の議員で
増派をただちにすべきとする人が新聞に取材を受けています。

139 :名無し三等兵:04/04/10 07:17 ID:???
規格性を読みました。タコマの記事は念のため点検中。

140 :名無し三等兵:04/04/11 21:09 ID:???
ストライカー旅団の平均的な一日:銃撃と騒乱

内乱者の攻撃と、無辜の市民の死の一日の記録

警官1名が殺害され、3名が通りざまの銃撃で死亡、銃撃戦で少年1名が負傷、地方行政当局により
多数の弾薬と武器が回収された。
これらの一つがタコマで起こったら、一面記事になるだろう。けれど、イラク北部の米軍部隊に
とってはどれもありふれた一日の出来事である。

以下はストライカー旅団の2月23日の”主だった行動”の記録である、この日はいつもよりも
少々忙しかった。


141 :名無し三等兵:04/04/11 21:11 ID:???

午前6時30分:旅団の第20歩兵連隊第5大隊が、ある男性の捜索で”包囲訪問”任務をAl Murina村で
遂行。男性の妻によると、男性は兄弟とともに逮捕されており、モスルの連合軍拘置所にいるとのこと。

午前7時50分:第3歩兵連隊第2大隊の兵がモスル中心部のチグリス河沿いの基地から遠くないところで
銃弾で穴だらけとなった車を発見。車内には同大隊で働く通訳5人が乗っており、全員が銃弾で負傷。
2名は既に死亡、3人目が病院で後に死亡。生存者は、通勤中に横に並んできたイラク人3名が、撃ちかけてきたと語る。

午前9時28分:モスルで予定されていた会合にNaji市長のHammam al Allilが現れずと、CPA代表から
連絡。第20歩兵連隊第5大隊長Karl Reed中佐が、市長の欠席の原因となった問題の解決にあたっている
との報告あり。

午前11時30分:、未だに捕まっていないサダム体制の指名手配者中で最上位で、
サダム=フセインの腹心であるIzzat Ibrahim al-Douri、の仲間がモスルのホテルに宿泊しているとの
情報が旅団に伝えられた。第23歩兵連隊第1大隊の部隊が拘束に向かった。ホテルに宿泊
していることを確認したが、外出中だった。部隊は彼の部屋で待ち、戻ってきたところを
捕まえた。


142 :名無し三等兵:04/04/11 21:12 ID:???

午後12時10分:Biaj町で巡回中の第14騎兵連隊第1大隊の部隊に手榴弾を内乱者が投げる。負傷者無し。
装備に損害無し。だが、襲撃者は逃げ失せる。

午後12時35分:第23歩兵連隊第1大隊と弾薬処理分隊の兵がモスル空港付近の旅団前方作戦基地Marez
のすぐ外側で不発の57mm対空砲弾を収集。

午後2時38分:Hammam al Allil付近を巡回中の第20歩兵連隊第5大隊の部隊が内乱者2名から撃たれる。
ストライカー旅団の狙撃手が2名を射撃したが、観測手によると逃げ失せたとのこと。兵は血痕を
発見したが遺体はなかった。その後、バイクに乗ったイラク人男性2名を停車させ尋問したのち解放。

銃撃で6歳の少年Mohammad Jamal Abdが弾片か跳弾により足を負傷。大隊衛生兵が少年を治療し、
負傷の補償を少年の父に支払う段取りをした。父は”より安全な状況で”内乱者についての情報
を兵に提供した。

午後3時:第14騎兵連隊第1大隊は地元民からの武器弾薬提出計画の一日の成果を報告、手榴弾214発、
60mm迫撃砲弾500発、RPG弾頭88発、RPGランチャー2基、小銃4丁、14.5mm機関銃弾200発、
各種口径砲弾35発。

午後3時:オリンピア任務部隊の憲兵が、モスル東部の料理店でイラク人警察官Bashar Nouri Malhalが
撃たれて死亡したことを連絡。

午後3時45分:第14騎兵連隊第1大隊の兵がSinjarとBiaj間の道路で155mm砲弾に線で繋がった黒い箱を
発見。弾薬処理班が現場で暗くなるまで作業:翌朝、破壊する為爆弾分隊が戻ってくるまでの間、イラク警察が現場を警備。

午後4時:民政部隊の兵がモスル北西の難民キャンプ付近のJabarゴム工場で不発弾を発見したと報告。
旅団の第37砲兵連隊第1大隊の兵により、通りに落ちていた単なる袋であることが判明。


143 :名無し三等兵:04/04/11 21:13 ID:???

午後4時:白のフォルクスワーゲンパサートに乗った内乱者が、モスルから東に通じる幹線道路を
警備するイラク施設警備警察部隊に銃撃。施設警備警察部隊は反撃。同部隊に負傷者無し、が、
通りすがりに銃撃をしてきた内乱者に損害を与えた確証も無し。一方、付近にいたSaef Arif Essem
が死亡。イラク警察が捜査にあたる。

午後5時30分:オリンピア任務部隊の情報提供者だと名乗るイラク人男性が第20歩兵連隊第5大隊の
Qayyarahの基地正門にSA-7肩撃ち式対空ミサイル1基を持って現れる。同人によると、工作管理官の
指示により購入したとのこと。

午後9時08分:モスル空港の見張り塔にいたストライカー旅団の兵とイラク民間防衛軍団の兵が
150ヤード先を武器を持って”戦術的に移動している”男性2名を視認。銃撃し、
男性らが付近の建物に逃げ込むのを確認。アルバニア特殊部隊が建物に入ったが、男性は
見つからなかった。

午後10時29分:第20歩兵連隊第5大隊の部隊がモスル南東部の家で”包囲訪問”任務を遂行。
同家にいた男性2名からAK-47銃弾600発を押収。用心のために、イラク人はAK-47 1丁と弾丸90発を
家に持つことが許可されている。


144 :名無し三等兵:04/04/11 21:38 ID:???

第14騎兵連隊第1大隊の部隊によると、モスル南の弾薬貯蔵施設で本日の早い時刻に通りすがりの銃撃
を受けたと民間防衛隊の兵が報告したとのこと。男性2名がバイクで近づいて銃撃。その後、車に乗り逃走。負傷者は無し。

午後11時30分:第23歩兵連隊第1大隊の部隊がモスル西部の家2軒にて”包囲捜索”任務を遂行。
米軍とイラク部隊に対する内乱攻撃の背後にいると考えられている兄弟2名を追っていた。
家族によると、彼らは暫く前に出て行ったとのこと。

午前12時30分:第20歩兵連隊第5大隊の部隊はHammam al Allilの家で”包囲訪問”任務を遂行。
男性2名が目的。同家にはいなかった。

(Published 2:00AM, April 4th, 2004)

145 :対潜臼砲 ◆VVUq8Fu.ow :04/04/12 18:46 ID:???
おひさしぶりです〜
ストライカー旅団、地味な仕事してますねぇ。
こんなんだったらVBLか軽装甲機動車欲しいかも。2+4名の小型FVの提案もうなづける。
というか装甲ハンヴィでどうなのよ?という。

>流動性
むしろ「またソマリアかい」を懸念したですが、今回は硬軟使分けている模様。
ただ、どうも「戦場の霧」+「イスラム流」の相乗効果で、読めない事おびただしい話です。


146 :名無し三等兵:04/04/12 22:49 ID:???
>145 クルド人とトルクメン人にアラブ人が一応おりますし、平和支援・維持作戦
からいつ、ファルージャのような事態にならないとも限らないかとは思います。
 とはいえ、クルド人としてはシーア派やスンニ派とはもともと立場が異なり、
民兵を抱えていますし、指導者が暫定評議会に加わっていたりしますので可能性は
低いかと思います。

<ソマリアとファルージャの違い
 国連の治安維持活動への参加でなく、自国の戦略の一環で行ったことであり、
ここで手を引いたら中東への米国の発言力はどうなるかという問題があると
思います。にしても、海兵隊は陸軍とは違う占領政策を展開するという公約が
あったはずなのですが。
 新生イラク軍の1月に卒業した大隊がファルージャでの掃討作戦に参加する
ことを拒否したというニュースが10日にワシントンポストで、11日にNYタイムズ
やBBCなどでも流れています。イラク軍育成に失敗すると、シンセキ大将が
言っていた数十万人の部隊が占領に必要という話が正しかったということに
なりそうです。ウクライナ軍はサドル師のマフディー軍団に押されて一時は
都市内の基地から撤退したという話も先週はありました。国連とNATOの関与が
どの程度得られるかに退出戦略は掛かっていると言えそうです。
 
<ファルージャでの掃討作戦
 イスラエルとパレスチナのイメージが絡むのが問題のようです。
ヘリでモスクを攻撃すると、ハマス幹部が乗った車にミサイルを撃ち込む話が
微妙に重なります。付随的被害については詳細が不明です。
 軍民会議などは戦闘中も開かれているのでしょうか。

147 :名無し三等兵:04/04/12 22:57 ID:???
>139 1995年の周知刊行物では、師団より上の階梯、軍団より上の階梯に属する
部隊について、規格性のある部隊を作ろうという話でした。師団編制にも適用は
できるとはしつつも、基本的には米本土からEAD、EACを展開する際に任務に
ちょうど適合する規模の部隊を送り、一方、本土の部隊も機能し続けるという
ことなどを考えていたようです。つまり、旅団を行動部隊として師団は指揮統制
単位とするという話は、むしろ、旅団基盤師団のほうがまだ近かったです。

この点、SBCTは旅団、大隊、中隊まで諸兵科連合編制となっていますので
切り分けもできるようになっています。

148 :対潜臼砲 ◆VVUq8Fu.ow :04/04/12 23:45 ID:???
>ソマリア
あー。強硬一辺倒で、軟着陸の余地を自ら失う可能性を心配したのです。

>139の話
基本は一緒なんでしょうね。海空では昔からある話ですし。
ただ、昔は投入規模がデカくて、師団単位でモノ考えていた、と。
各種技術の進歩もあって、一概に言えませんが。


149 :名無し三等兵:04/04/13 16:39 ID:???
<イラク
第二軽装甲騎兵連隊は一部がすでにルイジアナ州フォートポークに帰還し、残りも4月下旬から
5月上旬には帰還予定でしたが、今週の帰還便がキャンセルされるなど、しばしの
期間延長が決定しているようです。
 SBCTというか、SRCTか、への転換はまだ先だとは思います。ちょっと確認の要アリ。

また、バグダッド周辺を担任していた第1機甲師団はクートへも展開し、
ドイツへの帰還が遅れる見込みです。

 アビザイド中央軍司令官が2個旅団相当の戦力を統合参謀本部議長を通じて
国防長官に要請したとのことですが、具体的な部隊は記者会見では明らかに
されませんでした。期間延長で戦力を作り出すのか、新たに部隊が投入されるのか
などは不明ということです。

#2ACRとともにwarrior brigadeが展開していたことが判明。
フォートポーク(JRTC)の本部旅団の模様。こちらも帰還が遅れるとのこと。
#ワシントン州主体の第81機甲旅団もバグダッドにて活動しているとのことです。


150 :名無し三等兵:04/04/13 16:48 ID:???
>148
<ソマリア
話の筋を勘違いしていました。停戦交渉の仲介役がいろいろ登場してきたのと
シーア派聖職者の存在が大きく前面に出てきたことが印象的でした。
 新聞によっては、イラン革命と比較する向きもあります。

ソマリアは戦車が空輸された例だという指摘が最近の軍事研究でありました。
コソボのティラナが1999年だったかで、ここでも戦車を空輸していますが、
それ以前、ブラックホークダウンが起きた直後に空輸されているという話
でした。

<旅団
海は戦艦の話が良く分からずお手上げ状態となっています(汗。
海や空から概念を借りてくる場合もありえることに気付いた次第です。
SBCTは中隊規模でどんな野外演習をしたのかという話が、
掲載誌がARMORなのでMGS小隊がらみで出てきています。中隊内で編合を任務に
あわせてしている様は伝わりました。肝心のところがちょっと分からなかったり
しますが。

151 :名無し三等兵:04/04/14 10:52 ID:???
SBCT #2 第25歩兵師団第1旅団は今年3月から5月に初期作戦能力を獲得し
後半にはイラクへ展開の見込みと、今年2月のAUSAの資料にでてきました。
来年には、アラスカの第172歩兵旅団、再来年には第2装甲騎兵連隊(軽)
2007年には第25歩兵師団第2旅団(ハワイ スコ−フィールドバラックス)
2008年〜2010年には第28歩兵師団第56旅団(ペンシルバニア州兵)となって
います。SBCT#5、#6にも予算は2003年12月についたとのことです。

#砲兵は現在、M198牽引式155mm榴弾砲です。HIMARSはイラク戦争にてイラク西部
で少数が投入されたとのこと。
#SBCTへの能力向上にコマンチヘリを含む航空部隊を付け加えることが決まって
いましたが、陸軍航空の改革によりどうなるかちょっと不明です。

152 :対潜臼砲 ◆VVUq8Fu.ow :04/04/15 12:53 ID:???
イラクに2個旅団増派か?と昨日の読売新聞に出てました。
これもやはりSBCTか軽歩兵と思われるのですが、その歩兵大体は計6個なわけで、
重装師団よりも、ライフルマンは多くなるですね。
現地は機動性の高い部隊を求めているという事ですが、ストライカーが適合してるかどうか
>>140-の記事を見ると、ちょっと微妙な気がするです。やっぱデカすぎ?みたいな。

>2ACR
今、陸自第13旅団と比較してみたりしてます。
軽装甲機動車装備連隊などは、暗合的な部分もあり。
編制スレだかで陸自新旅団を「軽装甲騎兵と思えば納得出来るかも」などと書いてましたが
防衛白書にも「軽装甲機動車の導入@初動捜索能力の向上」とある事だし、ちょいと考えて
見ようかと思った次第。

・・・途中で飽きるかもしれませんが(^^;


153 :名無し三等兵:04/04/15 19:38 ID:???
>152 昨日のホワイトハウスでのブッシュ大統領のTV演説で
必要な部隊と資源は与えるということを言っていました。
SBCT#1の場合は、装備受領がずれ込んでIOC獲得後も中隊以上での訓練を
11月のイラク展開までしていたようです(GAOか議会予算局の報告書がソース)。
SBCT#2の場合はちと不明ですが、仕上げの演習をしたあと数ヶ月経過して
展開するという時間的余裕はないかも分かりません。

<2ACR ARMORの最近号で記事と読者投稿欄から扱っている記事を
探しています。レーザー測距機と105mm砲が他部隊の装備更新で余るから
2ACRに装備させてはどうかという意見がありました。
レーザー測距機を地上部隊が装備すればOH-58Dのヘルファイアを誘導できる。
だから、OH-58Dの出撃間隔と正存性に好影響があるだろうということ。
105mmは120mm迫撃砲に替えて装備することで、地上騎兵中隊の広い正面を
覆える射程が得られるし、対戦車能力など直射能力も加わる。
155mm砲から105mm砲にかえれば、牽引車両はハマーで済む。

などといったことが書かれていました。

<第13旅団
楽しみにしています。捜索能力についてはLARS3というのを盛んに
持ち上げてストライカーやイラク戦争関係で書いています。
ストライカー偵察型にはRWS(遠隔武器システム)にかえてLARS3が
付いているそうです。

154 :名無し三等兵:04/04/16 10:29 ID:???
Canadian Government to Enter Negotiations with General Dynamics
for Acquisition of 66 Mobile Gun Systems
http://biz.yahoo.com/prnews/040415/dcth047_1.html
カナダ政府はストライカーMGSを66両購入する交渉を開始だそうです。

Death Lurks in the Groves On the Road Toward Najaf
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A13038-2004Apr14.html
バクバ(バグダッド北)からイスカンダリヤを経て前方作戦基地Dukeに到着した
車列にストライカーが加わっていた模様

#全行程で同道していたのか、部隊に加わっているのか、基地を出るのが
同時だけだったのかなど不明。他に扱っている記事を検索して上が引っ掛かりました。

155 :名無し三等兵:04/04/16 11:20 ID:???
Stryker soldiers still face attacks in quieter north
http://www.tribnet.com/news/iraq/stryker/story/4964341p-4892867c.html
ナジャフでのサドル師包囲作戦にSBCTから1個中隊程度が分遣されている可能性を指摘
・TFオリンピアの報道官は現在進行中、及び今後の作戦については発表しないルールに
より回答せず。
・第1歩兵師団のナジャフ包囲の指揮をとる旅団長大佐は1999〜2001年
SBCT#1の第14騎兵連隊第1大隊長だった。
・最初の報道はロスアンジェルスタイムス

156 :名無し三等兵:04/04/16 16:24 ID:???
>155 続き LAタイムズ?では4月13日付で
ナジャフ郊外12マイルの旧イラク軍弾薬廠に、バクバ、モスル、キルクーク
からのストライカー旅団を含む部隊が車列を組んで到着し、基地を設営
したことを伝えています。
 ナジャフでの作戦は第1歩兵師団第3旅団戦闘団が行い
作戦名は Duke Fortitude。(公爵の不屈の精神 とでも訳せるでしょうか?)

#したがって、1個中隊程度なのかは不明の内容です。
#ワシントンポストでは戦車、ブラッドレー、ハマーに加えてストライカーも
車列に加わっていたとあります。

157 :名無し三等兵:04/04/16 22:20 ID:???
今月号のグランドパワーに憲兵旅団が使っている装甲車
(ハマー×2 +装甲車×1で1個小隊)が詳しく出ていました。
写真解説がかなり丁寧でハマーなどはIED(仕掛け爆弾)対策に
底面装甲などを充実させることを願っているという話です。

#ストライカーが市街戦闘や車列護衛に適するかについてはちょっと
考え中です。サマワ市街の建物と通りの様子などが良く分かるとある程度は
考えられそうですが。
#ワシントンポストの車列の話では、伏撃が行われる地点はほぼ決まっており
車列が差し掛かると無線で大尉が注意を促すという話がありました。
LAタイムズの話では、幹線道路を通る車列が必ず伏撃を受ける区間があり、
その経路を確保する攻撃を重火力を用いて行ったという話も出てきます。
 中隊がどのような演習をしていたのかをarmorの記事からみてみようと
思います。市街地に車両で乗り込むよりは、静粛に展開線までゆき、下車させ
包囲し、場合によっては車載火器も下ろして支援を行うという感じだと
思います。MGSは中隊が局面に応じて小隊と組み合わせて編成を替えて
自在に運用しているようです。

158 :名無し三等兵:04/04/16 23:06 ID:???
>>157
良かったら、演習について調べた結果、抜粋でいいから載せていただけます?

159 :名無し三等兵:04/04/17 23:29 ID:???
>158 がんばってみます。とある事情で図と写真がカットされているのが
難点ですが、おおよそのところまでは訳せるはずと思います。

160 :名無し三等兵:04/04/17 23:39 ID:???
>>159
お手数かけます。申し訳ありません。

161 :名無し三等兵:04/04/18 17:51 ID:???
Rumsfeld announces Iraq tour extensions for more than 20,000 soldiers
h ttp://www.armytimes.com/story.php?f=1-292925-2827549.php
第1機甲師団はストライカー戦闘車両を与えられて機動戦闘部隊の主力となる
という話が出てきます。

#タコマニューストリビューンではモスルからナジャフに行った部隊がいることを
軍が公式に認めたと書いていました。

>160 好きでやっていることだからお手数ということはないです。
雑誌でかなり砕けた表現が多いので、部分部分を抜粋してまとめようとしています。
少々お待ちください。

162 :名無し三等兵:04/04/19 09:51 ID:???
念のためあげておきます。

<SBCT中隊の話
第25歩兵師団第1旅団(SBCT)のある中隊を取り上げて書いています。
まず編制をおさらいして次に書きます。

163 :名無し三等兵:04/04/19 13:35 ID:???
まずSBCT旅団の編制から。人数があわないのですが。 

旅団(3614名)
・旅団本部(121名)
・歩兵大隊(691名)×3
・・歩兵中隊×3
・RSTA大隊(偵察、捜索、及び目標捕捉)(428名)
・・偵察中隊×3
・砲兵大隊(290名)
・・砲兵中隊×3
・支援大隊(388名)
・戦闘修理チーム(5名)
・対戦車中隊(53名)
・工兵中隊(120名)
・通信中隊(74名)
・軍事情報中隊(67名)


164 :名無し三等兵:04/04/19 14:26 ID:???
ついで歩兵中隊のみに絞ると

歩兵中隊(歩兵車14両 ATGM車3両* 迫撃砲搭載車2両 衛生車1両 火力支援車1両)

・・・中隊本部(人員14名+ 装備 歩兵車2両 11/4t車2両)

・・・歩兵小隊×3(46名)(歩兵車4両)
・・・・歩兵分隊×3(9名 分隊長+チーム×2)
・・・・・チーム×2(4名)
( チームリーダー 指名狙撃手(M24小銃*) 擲弾手(M203付小銃) 突撃小銃手(M240SAW) )
・・・・武器分隊(7名 分隊長+機関銃チーム×2)
( 機関銃手(M240B 7.62mm中機関銃) 機関銃手助手(M4小銃) 弾薬手(M4小銃) )

・・・MGS小隊(中口径砲小隊)(MGS車3両* 9名)
(車長 砲手 操縦手)(主砲105mm 12.7mm機関銃 7.62mm機関銃)

・・・迫撃砲班(10名 迫撃砲班×2 迫撃砲搭載車2両 120mm迫2門 60mm迫2門)

・・・衛生班(3名)(救急車1両)

・・・火力支援班(3名)(火力支援車1両)

*M24でなく、M14に暗視スコープを付けたのを装備している狙撃手の写真を見た記憶あり。
*MGS車はTOWUB装備ATGM車で代替中。
MGSはMedium Gun Systemとこの資料ではなっています。機動砲ではないです。
名称変更があったのでしょうか。

165 :名無し三等兵:04/04/19 14:31 ID:???
>164 早くも訂正 衛生車→救急車 赤十字をつけた非武装のストライカー派生型です。

#記事中は大隊から迫、狙撃などの増援があったり、工兵分隊が配属されることも
ありますが、中心は歩兵中隊とMGSなのでとりあえずこれで下準備は終わりとします。
#火力支援車は、砲兵前進観測員のための車両です。偵察車との違いは不明。
下車偵察班を搭乗させない分、中が変わっていたり等々あるかもしれませんが
調べていません。

166 :対潜臼砲 ◆VVUq8Fu.ow :04/04/20 13:04 ID:???
>>164訂正追加。SAWはM249(ですよね?)
上の記事ですと、120mm重迫と60mm軽迫になってますな>迫撃砲斑
これなら二重編制は可能ですかね。

>第13旅団
我等が陸自の部隊なのに、細部の編制に突っ込めません(苦笑)
2ACRの方は、どうにでもなりそうなんですけどね・・・・・・


167 :名無し三等兵:04/04/20 17:01 ID:???
>166 M249SAW 間違ってました。M240だと7.62mmで武器分隊、M249だと5.56mm
分隊自動火器です。元の資料をきづかずに転載したため間違ってしまいました。

<第13旅団 第12旅団よりも前の改編で、そのときにセキュリタリアンか
何かで特集があったことをぼんやりと覚えています。戦車隊か特科隊へ
改編するのに人事の方が苦労したという話などが出ていたかと。
 第2師団がイラク行くときは、宇品に集まるということはなくて、
人員は成田、車両は室蘭で輸送艦に搭載してそのまま出航だったので
広島の部隊でも役割は違っているのかも。

168 :名無し三等兵:04/04/20 17:06 ID:???
情報公開
 技本の訓令で装備関連が閲覧できなくなったり、米軍関係でも
中隊長指揮コムが陸軍公式サイトになり、内部向けに衣替えしていたりします。
CALLでかつて読めていた内容に近いものが出ていたのですが、milが入った
アドレスを持つ人のみが閲覧できるところに仕舞われました。
 テロリストは英語を読めます。タリバンに加わっていた米国人男性がいた
ことは記憶に新しいかと思います。また、日本の事情にも通じている模様なので
やむを得ない事情なのだと思います。

169 :名無し三等兵:04/04/20 21:11 ID:???
Road Perils in Iraq Add to Chaos, Shortages
http://www.latimes.com/news/nationworld/iraq/la-fg-roads20apr20,1,459055.story?coll=la-home-headlines
ナジャフ近郊の前方作戦基地Dukeでは軍契約業者が物資輸送を幹線道路治安悪化
のため拒否したので劣悪な条件下に部隊が置かれている。
・このため、ストライカー旅団が最新車両80両を送り込んでKBRの車列護衛と主幹線道路の確保に
あたらせた。

#つまり、ストライカーが80両ということでしょうから、1個大隊規模相当を送り込んでいる
ことになります。部隊名などは不明です。


170 :名無し三等兵:04/04/20 21:17 ID:???
With rebels ruling Iraq roads, U.S. forces feeling pinched
http://seattletimes.nwsource.com/html/nationworld/2001907575_iraq20.html
こちらは上と同じ記事ですが、画像のところに注意。
第1歩兵師団第2歩兵連隊第2大隊にかわってナジャフへの展開を
第2装甲騎兵連隊が引継ぐとあります。

#タコマニューストリビューンは同系列なら早めに電子版でもでるので
探してみます。

171 :名無し三等兵:04/04/21 10:22 ID:???
armor記事下準備 まだありました。この記事はSBCT-2の歩兵中隊の話なので
同旅団の建制を公式サイトから転載します。(順序もそのまま)

第25歩兵師団第1旅団(SBCT)
第14騎兵連隊第2大隊
第24歩兵連隊第1大隊
第8砲兵連隊第2大隊
第5歩兵連隊第1大隊
第21歩兵連隊第3大隊
第73工兵中隊
 
#第20歩兵連隊第5大隊は第2歩兵師団第3旅団(SBCT)へ2000年9月16日に
移りました。替わりに2002年秋に1個大隊が来る予定とグローバルセキュリティは
書いています。
#SBCT-1を編成するにあたり、SBCT-2になるこの旅団と大隊を交換したようです。
#筆者の経歴
現在、第25歩兵師団第1旅団(SBCT)第24歩兵連隊第1大隊A中隊長
同大隊S3、第101空中強襲師団第187歩兵連隊第1大隊本部及び本部中隊XO、
同大隊D中隊対戦車小隊長、同大隊C中隊歩兵小隊長などを歴任
#ということで、ブラッドレーに乗ってた人じゃなくて軽歩兵の模様


172 :名無し三等兵:04/04/23 05:26 ID:???
以下は纏め中ですが維持レスを兼ねて貼っておきます。
IOT&Eへの準備演習の内容について

中隊級演習が2003年3月から5月にかけて野外演習3回にわけて行われた。
第1回は3月 2回連続各5日間 
各5日間毎に襲撃、外周防御、安定した環境下での保安活動、補給活動の任務を
それぞれ行った。
第2回は4月 180マイルの路上行軍に続いて3日間の演習 襲撃と安定した環境下
での保安活動

第3回は5月 7日間の演習 IOT&Eの9日間に近い内容

各演習の対抗部隊
第1回と第2回 歩兵中隊1個 LAVV小隊1個とハマーガントラックを編合
第3回 歩兵中隊2個(LAVV完全装備) 固有の迫、陸軍州兵M1戦車小隊

各演習参加中隊に対して
大隊は戦術指揮センターと行軍車列指揮所を派遣し、指揮統制と補給支援を行う
また各歩兵中隊には場合によって、
第73工兵中隊から大隊工兵小隊(工兵分隊車両装備)
第52対戦車D中隊第1小隊が任務編成に含まれた。
さらに、大隊偵察小隊、迫撃砲小隊、狙撃班が支援することがあった。


173 :名無し三等兵:04/04/23 05:27 ID:???

任務編成の例
SBCT中隊による経路掃討
歩兵1個班(歩兵小隊軍曹)+MGS2両(MGS小隊長)+前進観測員+工兵分隊1個(MGS小隊長配下)
歩兵1個班(歩兵小隊長)+MGS1両(MGS小隊軍曹)
歩兵小隊
歩兵小隊
 このように中隊で4つの機動部隊を確保し任務遂行に十分な戦闘力を確保。 

SBCT中隊の保安活動における即応部隊
保安活動中は1個小隊を即応部隊として保持。他の小隊が補給部隊護衛、交通統制点配置、
伏撃、咄嗟攻撃を行う中、即応小隊は中央に位置し決定戦力となる。


174 :名無し三等兵:04/04/25 09:46 ID:???
ちょっと維持レス。TSVは容積からみると11隻でSBCT輸送可としている話があります。
また燃料補給無しの航続距離は1250nmでこの範囲内であれば96時間内の到着が
可能ということです。つまり、イタリア、ディエゴガルシア、グアムなどに
事前集積するか前方展開すればということです。一方、テキサスからコソボまでの
場合は、LMSR(大型中速RoRo船)2隻で行く方がTSVの燃料洋上補給にかかる時間を
考えると早いとのこと。

175 :対潜臼砲 ◆VVUq8Fu.ow :04/04/25 16:23 ID:???
>TSVとSBCT
11隻ですか〜。
艦艇部隊は3隻中2隻が展開、1隻が補給整備その他で入港中(入渠中)てのが基本でふから
上であった17隻という数は、良く符合しますね。(でも、やっぱり違う悪寒)
事前集積すれば・・・等という話になると、だんだん魔法が解けていくのを見るような。
重装部隊のソレに比べれば、そりゃ楽なんでしょうけど。

>SBCT中隊タスクチーム
微妙な編制ですな。
MGS2輌の小隊と1輌の小隊が、どう運用されたのか。楽しみではあります。


176 :名無し三等兵:04/04/25 22:09 ID:???
>175 経路掃討の場合の話はすみませぬ。記事ではこの程度しか触れておらず
次は市街地内のある家屋への強襲と拘束の話になってしまいます。
 経路確保なのか、経路掃討なのか訳すのが難しかったのですが掃討にしました。
車列を前後に挟んで護衛をしつつ、IEDを除去したり、伏撃が頻発する地点に
先行警戒したりするのに4つに中隊を分けて、中隊本部と迫に救急車が車列
中央に入るような形ではないかと思います。


 MGSについては、MGSといいつつも実際にはATGMで代用しているあたりと
対抗部隊がLAVV装備の歩兵部隊というところが微妙です。SBCT-1だったのかも
しれません。また、演習場はどこを使ったのかは良く分からないのです。
フォートノックスやフォートルイスがでてきたりします。各回により異なった
ということだと思います。


177 :名無し三等兵:04/04/28 00:27 ID:???
今後20年〜25年後の世界と米陸軍の戦力構成の話をちょっとだけみました。
訳も進んでます。2003年4月時点のブリーフィングで使われた内容だそうですが。
SBCTのような戦力投入を考慮した自動車化軽歩兵は削減されることはあまり
なさそうな印象でした。最もその後の改革路線で多少古くなっているかもと
思わないでもないです。

178 :名無し三等兵:04/04/29 10:26 ID:???
Panzer今月号79ページにストライカー鳥篭装甲付きの写真が出ています。
近々特集があるようです。
第4機甲師団の話までとりあげたのでいよいよSBCTなんでしょうか。
期待してます。

さて、その写真を見るとタイヤハウスを覆うように鳥篭装甲のスダレが
付けられていました。


179 :名無し三等兵:04/04/29 13:45 ID:???
スライドを拾ってきたのですが
Infantry in Battle- Somalia to OIF ちゅうのが編纂されているようです。
題名から考えるに機甲戦闘と対をなす存在になるのでしょうか。

また、MGSとLOSATについては開発が進められているようです。
CKEMというのも聞くのですがこちらについては不明。

180 :名無し三等兵:04/04/30 16:01 ID:???
consolidateという語を陣地強化と訳すべきか統合とすべきか編合とすべきかで
ちょっと迷いました。目標を確保したあと部隊を損害に応じて再編しつつ
配置して陣地も構築する作業を意味するようです。こういうとき戦術用語辞典が
あるといいと思って前出ていたのを立ち読みしたのですが基本的な用語だけで
購入に踏み切れませんでした。

>177 フォース21型とSBCT型とオブジェクティブフォース型と空中強襲型と
空挺型に師団を分類して、今後の世界秩序に応じて現役師団の構成と数が
どうなるかを予測しています。ずっと以前ですと2032年には全てがオブジェクティブ
フォースとなるという話があったのですが、この資料ではフォース21型は
通常戦生起の可能性の程度に応じてある程度残ります。

181 :名無し三等兵:04/05/01 20:17 ID:???
維持レス入れて置きます。

>179
CKEMとは小型運動エネルギーミサイルのこと。
LOSATを小型化したものです。

182 :名無し三等兵:04/05/02 02:11 ID:???
ボーイングが構想している巨大輸送機 M1を17両運べる
http://www.boeing.com/news/frontiers/archive/2002/september/i_pw.html

183 :名無し三等兵:04/05/03 00:25 ID:???
>>182
巨大輸送機というより、誇大夢想機といった感じが……。

184 :名無し三等兵:04/05/03 13:08 ID:???
>183 他では巨大飛行船で旅団を運ぶ構想もありました。実現すると
1個中隊14両を1機で運べるのですが、カスピ海の怪物の親戚みたいですね。

戦略輸送と戦域輸送の違いというのがどうもTSVの意味を考える
上でありそうなのですが、まだよくわかりませぬ。C-130Jで運ぶかTSVで
運ぶかということなんでしょうか。事前展開をLMSRでして、そこからTSV
で急行するのだろうか。

185 :対潜臼砲 ◆VVUq8Fu.ow :04/05/03 16:37 ID:???
大体そんな感じだと思います。
ディエゴガルシアあたりにSBCTを配置して睨みを利かせる段階。
そして実地に介入する段階。

前者の段階では輸送効率が重要です。航空機や小型高速船では天候等の不確定要素や
給油、荷役等の煩雑さが累積して、結局展開速度も劣る事になったりしますしね。
後者の段階では速度と非脆弱性(バスケットに卵を盛るの伝)が考慮されるわけで。
ただTSVでは強襲揚陸は難しいので、場合によっちゃ先遣隊が従来手段でインフラを
確保する必要があるですな。


186 :対潜臼砲 ◆VVUq8Fu.ow :04/05/03 16:41 ID:???
あ、あと当然SBCTの場合、小規模戦闘群に分割して複数個所に同時展開する頻度も
高くなるでしょうな。
いや、これはSBCTに限らないですが(笑)


187 :名無し三等兵:04/05/05 00:25 ID:???
TSVの場合、喫水が浅いので、港をあまり選ばないという事に繋がるかも
しれません。インドネシアの東ティモールにオーストラリアが部隊を派遣した
際に確かTSVと同種の船を使用したということがあったはずですが、
これがそもそもの始まりなのかもしれません。

 SBCTの場合は中隊毎に諸兵科連合戦闘団を作れることと、分散化作戦を
標榜し50km四方で作戦し、各階梯で従来よりも1階上の判断をし、情報を
扱うとは言われています。

 しかし、展開先は当分、イラクとコソボなどユーゴなどの可能性が
高いかもしれません。ハイチの場合は海兵隊、リベリアの場合も海兵隊でした。
C-130で運べば内陸まで自力で行軍せずに済みますが、TSVだと海兵隊と
同様港湾までしかいけないことになります。

188 :名無し三等兵:04/05/06 02:44 ID:???
Newest Stryker brigade won't go to Iraq yet
http://seattlepi.nwsource.com/local/171369_stryker30.html
第25歩兵師団(軽)第1旅団(SBCT)はSBCT-1が帰還してからイラクに派遣されると
中央軍作戦統括は語る
・SBCTの1個大隊が主補給路護衛のために南部へ引き抜かれたことを認める

189 :名無し三等兵:04/05/06 02:56 ID:???
ここのcompareの寸法比較は面白いです。
http://www.tribnet.com/news/iraq/stryker/interactive/

#通学バス並の大きさと批判されたことがありますが、上背があること
が原因なのかも。乗車戦闘を意識して車高を低めに抑えることは
もともとしていないのだと思います。それに兵員室の天井は高い方が
派生型を作りやすいでしょうし。例えば、救急車とか指揮車とか迫搭載車
とかなどなど。


190 :名無し三等兵:04/05/07 17:20 ID:???
U.S. troops have the wrong tools
http://seattlepi.nwsource.com/opinion/171859_armor05.html
クウェートに事前集積してあるM113と州兵が使っているM113をイラク駐留部隊に与えよ
という主張です。ストライカー批判も織り込まれています。

191 :対潜臼砲 ◆VVUq8Fu.ow :04/05/08 05:18 ID:???
「スクールバス」読んだとき、M1と全高が同じくらいだと気付いたですが。
派生型造る時、高いのも善し悪しですかねぇ。
これでMGSやATGMともなると、まさに仰ぎ見る威容です(笑)

>M113オクレ
今までストライカーが被った被害、M113A3(かな?)なら防げたとかいう話をしている
ようなんですが・・・本当かなぁ(^^;
というか、まだ元気だったんですな。
M1戦車中隊本部のM113がハマーになったとかいう話も聞いてたんで、もう寿命が
残ってないのかな?とか思ってました。


192 :名無し三等兵:04/05/08 11:40 ID:???
>191 MGSは別に分けて開発していると思います。確かC-130の荷物室の天井の
制約がありますので。ATGM車はランチャーが上下すると思います。

<M113 ベトナムで地雷とRPGに苦しんで内部には乗らず上に乗っていたという
話は有名では在ると思います。ですが、恐らくはハマーよりは装甲が上という
話で言っているのだと思います。メーカーからすると、今後の軽歩兵の足に
ストライカーがなるか、M113の流れを組む装軌車両がなるかの前哨戦なのかも。
下司の勘ぐりですが。

193 :Lans ◆EDLansNRRQ :04/05/08 16:56 ID:???
>MGS
こいつは背が高くなりC130に積むなくなったために、開発途上で足回りを改造してたと思います。
一応、派生ではありますが…その為に開発が遅れたと思いました。

>装軌系APCと装輪系APC
結局、双方が装備されていくのではないでしょうか?
ソ連型自動車化狙撃兵師団のBMT装備連隊とBTR装備連隊のように。
それぞれが、それぞれの用途と利点と弱点をもってるのですから。

そのあたりで、現在、マルダー一辺倒の独装甲師団(旅団)が例の装輪APCで
今後どうなるのかとかに、非常に興味もってます。

194 :対潜臼砲 ◆VVUq8Fu.ow :04/05/09 06:34 ID:???
おお。Lans丼復活ですか( ̄▽ ̄ノシ

>装軌APCと装輪APC
装軌はM2IFV系列が十分にあるので、M113系列の後継は、なんのかの言いながらも
ストライカーでイきそな予感です。
あるいは、もすこしマトモなスケールの装輪。

>仰ぎ見る威容
ATWGはM901のモノと同じランチャーだったんじゃ無いですかね。
ヘタリ込むように車体天井に“お座り”するだけだったと。
MGSは・・・追跡してないやー。あははーっ(ォィ


195 :名無し三等兵:04/05/09 06:44 ID:???
Lansさん復活ですね。お久しぶりです。

ATM車はM901の起倒式とは違うようです。どちらかというと
遮蔽物からきりんのように首を伸ばすという感じでは。
http://www.ifrance.com/ArmyReco/Amerique_du_nord/Etats_Unis/vehicules_a_roues/Stryker/Stryker_ATGM/Stryker_ATGM_Anti-Tank_Armoured_Vehicle_USA_02.jpg

<次の装輪APC
ドイツのボクサーは、エアバスの次期輸送機と組み合わせて
EUの共同軍の緊急展開部隊になるのかもしれませんが、イギリスが共同開発から
手を引いてしまったとか。

196 :Lans ◆EDLansNRRQ :04/05/09 13:29 ID:???
いやぁ、ひさしぶりに土曜日に時間あいたので「将来装輪スレ」とかで遊んでます(w
でも来週の土日は会社がイベント出展なので、徴兵されてまつ(T T)

どうせ、また代休は取れる時間ないんだろうな…
正月休みも3日間出社して、代休1日しか取れないで期限切れになったし _П○

>195
えー、英国、手を引いちゃったんですか?
また開発遅れるのかなぁ…まあ、いつもの事ですが…


>ATM車
起倒式はLAV-ATの方でつね。まあ、こいつら似てるつーか、兄弟みたいなもんだしね(肉食淡水魚)

197 :対潜臼砲 ◆VVUq8Fu.ow :04/05/09 16:33 ID:???
あー新型ターレットなんだー。う〜む、やっぱり力入れてるんですねぇ。
てっきり流用(中身は改善されるとしても)と思ってました。
しかし射撃態勢だと、砲口は「2階の窓から顔を出す」高さじゃ無いのんか、これ・・・



198 :Lans ◆EDLansNRRQ :04/05/09 18:19 ID:???
>197
だからこそ、稜線ならなんやらを活用しやすいんでつよ。
もともと射程は長いんだし…自身が稜線の直後にいなくても、かなーり離れた位置の稜線でも活用可能でつよ。

で、射撃時の背が高ければ高いほど、利用できる位置は飛躍的に増えて行くわけで、
予備の射撃陣地の選定もラクラクぅ〜てなもんなのでしょう。

199 :名無し三等兵:04/05/09 21:43 ID:???
TOWランチャーでなんとなく似ているのがこちらです。
http://www.delcosystems.com/DS-v3/ETS.htm

M901やM981はユナイテッドデフェンス社のサイトなら見つかるのですが
システム単体を作っているのがどこかは探せませんでした。

200 :対潜臼砲 ◆VVUq8Fu.ow :04/05/09 21:50 ID:???
>Lans丼
掩蔽壕掘れとか言われたら泣き入ると思うけどなぁ。
ておいか>>197は「でけーなぁ」という感覚的な感想です(笑)

>予備の射撃陣地の選定もラクラクぅ〜てなもんなのでしょう。
え〜?ホントにぃ〜?(笑)


201 :Lans ◆EDLansNRRQ :04/05/09 21:55 ID:???
>200
>射撃壕

米軍は工兵車両多いので、機械力でGoなのでわ?

>ホントにぃ〜?(笑)

さぁ(w
でも、いろんな形態での稜線を使いやすくなるのは確かだと思いますよ。
なんといっても稜線自体から離れられるのは、ある意味、攻勢準備射撃から逃れる効果もありそうでしすし。
(稜線直後って準備射撃の目標になりやすそう(怖

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