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広島/長崎 原爆にまつわる怖い話とか

249 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/06/12 00:40
昭和二十年八月六日、その日は忘れられない原爆の落ちた日です。
今でもその時のことを考えると、身ぶるいがするようです。(中略)

ひがいを受けた者は、皆似の島に行けということでした。
私たちも、そこにいくことにして、川から船に乗りました。
お母さんのすわっれいる前に、私と同じ年くらいの女の子がいました。
その女の子は、体中にやけどや、けがをしていて、血がながれていました。

苦しそうに母親の名前ばかり呼んでいましたが、とつぜん私の母に「おばさんの子供、ここにいるの?」とたずねました。
その子供は、もう目が見えなくなっていたのです。
お母さんは「おりますよ。」と返事をしました。するとその子供は「おばさん、これをおばさんの子供にあげて。」と言って、
何かを出しました。それはその子供が朝学校に出かける時、その子供のお母さんがこしらえて
あげたおべんとうでした。
お母さんが、その子供に「あなた、自分で食べないの?」
と聞くと「私、もうだめ。それをおばさんの子供に食べさせて」と言ってくれました。
私たちは、それをいただいた。しばらく川を下って船が海に出た時、その子供は「お
ばさん、私の名前をいうから、もし私のお母さんにあったら、ここにおるといってね。
」と言ったかと思うと、もう息をひきとって死んでしまいました。私は、その子供が
かわいそうでかわいそうでなりませんでした。私はお母さんといっしょに泣きました。

今その子供が生きていたらどんなにうれしいかわかりません。
似の島について、しゅうよう所にはいると、そこは、けがや、やけどをしている人で
いっぱいでした。中には、気ちがいのようになって、かん者の中を走りまわる人もい
ました。今それらの人が、やけどや、けがをしていなかったら、そして生きておられ
たら、そして又、船の中にいた子供がやけどをしなくて生きていて、その子供のお母
さんにあうことができたら、私はどんなにうれしかったことでしょう。

広島で被爆した少女(当時小学校三年)の手記(長田新編「原爆の子」より)

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